⑵ イルム砦の会議
エランドルク征伐軍は、夕刻を待たず、イルム砦まで後退を始めた。夜になれば一層危険だからだ。およそ三万人が砦に入れば、中は、ぎゅうぎゅうになる。喧嘩が絶えないだろう。
この時点で、征伐軍は、死者、行方不明を含む、およそ千人の兵を失っている。三万の軍勢にとって、一割にも満たない損失ではあるが、後退を余儀なくされたことそのものが、兵士たちに衝撃を与えていた。
実は、中央当たりの歩兵隊の中に、シドウェルの部下のキンレッドと、グインが密かに紛れ込んでいた。彼らは、進軍途中の兵士たちが休憩している時を狙って、すり替わった。数が多く、同じ鎧を着ている為、全く気付かれない。エランドルクの攻撃が始まり、動揺が後方に伝われば、それに乗じて、騒ぎを起こし、離脱や後退を誘う手はずだった。具体的には、熱死病を装うつもりだった。しかし、一芝居うつ必要も無く、征伐軍は後退を始めた。二人は、こっそり離脱するか、このまま付いて行くか、考え、付いて行くことに決めた。
砦に入った時には、もう夜だった。
歩兵部隊の大隊長が、30人。砦の中にある、鍛錬の部屋で、話し合おう、ということになった。
状況は、既に伝令兵に伝え、首都へと走らせてある。
歩兵隊は、二百人で一隊、それが五つで千兵一大隊、三万人という事は、これが三十あるという構成である。
彼らは、本音では征伐軍の人数が多すぎると思っていた。皆、皇帝の直接の兵や、オルカイトス家に仕えている者、と、寄せ集めであること、また、上の者に、はっきりと、ものを言えない事は共通していた。
それ故に、会議の場でも、皆、牽制し合っていた。迂闊なことを言えば、密告される。かと言って、この状況で、部隊を前には出せない。
暫く、沈黙が続いて、
「とにかく、首都の指示を待つしかないのではないか?」
やっと、一人が、非常に無難な発言をした。
正直、皆、動きたくなかった。歩兵たちの武器は、剣と槍と弓矢しか無い。報告によれば、敵はあの、カリヴァを使って来たという。長年に渡り、使えない、と言われ、存在を忘れらていた武器である。あの、反逆者アヌログが、支持し、集めていた武器である。
大砲などの大型兵器が使えれば、まだ戦いようがあったのだろう。しかし、相手は、ただの町である。砦でもなければ城塞都市でもない。運ぶ手間暇を考えれば、不要であろうと、上層部は早々に却下した。お蔭でこのざまだ。とはいえ、エンドルをエランドルク攻略の拠点としたいキンレイにとっても、出来れば、あまり破壊せずに手に入れたかった。
エンドルに、交渉に行ったヤツが、もっと上手くやっていたらな。多くの者が、内心そう思っていたが、皆、口に出さなかった。
恐ろしく、静かな会議は、結局、返事を待つ、という決まりきった結論に至り、幕を閉じた。