第二章 ⑴ エルウス
時は少し戻る――。
キンレイ帝国の東部の属州・ハイセルで、反乱が起きた。
原因は、熱死病であった。農夫たちの中に感染が広まっているにも関わらず、総督は、何も手を打たなかった。それどころか、感染を隠そうとした。皇帝の結婚式が迫っていた為、祝い事に水を差したくないという、忖度であった。
属州に派遣されていたキンレイ教の神官、エルウスは、どうにか民を救おうとしたが、倒れる者が多すぎて、一人ではどうにも出来なかった。総督を説得しようとしたが、全く無視された。
エルウスは、人々に寄り添い、祈りを捧げたが、彼らの死の恐怖を取り除くことも出来なかった。そして多くの者が、苦しみ死んでいった。
エルウスもまた、熱死病に罹ってしまった。
朦朧となりながら、首都にいる父に手紙を書き、人を介して馴染みの商人、ラケルドに託した。
ラケルドは、丁度、ハイセルから離れる準備をしていた所だった。総督は当てにならない。そもそも熱死病は治療法も確立されていない。効くかどうか分からない民間療法があるだけだ。皇教会は清祓式なる儀式で治るような事を言っているが、しこたま金を取るらしい。エルウスは、「詐欺だ」と言っていた。
まだ若い彼を置いて、自分だけ出て行くのは心苦しいが、きっと彼は、助からないだろう。せめて手紙を首都へ届けねば。ラケルドは、そう思いつつ、堂々と出て行くのに都合の良い大義名分を手に入れ、その上、上手くすれば、首都や皇帝に恩を売れるかも知れないと、自分の幸運に、ほくそ笑む。そして速やかに、ハイセルを出て行く。
農夫たちは、ないがしろにされた怒りと、家族を失った悲しみに支配され、乱を起こした。数十人が農具だけを手に、立ち上がった絶望的な戦いである。治安部隊が出動し、これを鎮圧した。しかし、これを機に、治安部隊の中にも感染が広がる。
もはや、敵は、人ではなく、病であった。