エンドル戦役 ⑸
門を破った騎士と工作兵が、両側から扉を押し開ける。
門から町の中には街道が伸びていた。両側には石材と木材で出来た二階~三階建ての宿や、自宅兼商店、集合住宅、教会などが並んでいる。人影は無い。
「恐れをなして逃げたのでしょうか」
副隊長が言った。騎馬隊は、エランドルクが、中立地帯を押さえた、という話は聞いていたが、征伐軍三万を前に、戦いにはならないのではないか、との見方をする者が大半であった。
隊長は、
「よしんば何か考えているとしても、三万の兵が町を満たせば、もはや何も出来まい」
そう言って、微かにあった不安を打ち消した。
「旗掲げよ」
隊長の張りのある声に、体勢を崩しまくっていた旗持ちの兵たちは、しゃきりと姿勢を正して、旗を掲げた。
青い空の下、黒い生地に金糸の刺繍の入った旗がゆらりと揺れる。金糸が描いているのは、救世主キンレイが死してなお復活した事を弟子に報せた、と言われる、伝説の鳥の姿である。
門を破った騎士が騎乗し、工作兵が後方へ下がった。
「先頭と、両側を騎馬隊が囲む。前進」
隊長の号令の下、騎馬隊が前進する。
「旗、前!」
旗持ちの兵が騎馬隊の後を続き、騎馬隊のつくったコの字の中に入って行く。
「歩兵隊、前へ!」
歩兵隊の隊長が、叫び、歩兵たちが、続いて入って行く。
兵士たちは、さながら一つの生き物の様に、固まって前進する。
何事も無く、進む。
門から次々と、兵士たちが入って来る。
悠然と、しかし、何処か怯えながら、キンレイの兵士たちは進んでいく。
そして、何事も無く、進む。
次第に、緊張が解けていく。
「やはり、逃げたのではないか」
兵士たちの中に、安堵が広がり始める。
一人の歩兵が、微かに、何か燃えている様な匂いを嗅ぎ取ったような気がした。しかし、何処から漂っているのか、分からない。
騎馬隊隊長は、街道の脇道が、ことごとく板壁と土嚢で塞がれているのが気になった。何かあった場合、前か後ろにしか逃れられない。
ふいに、一羽の鴉が、兵士たちの前に降り立った。
騎馬隊が、思わず馬の脚を止める。キンレイの者のみならず、マシリアヌ大陸の多くの者にとって、鴉は、死を運ぶ鳥、と、忌み嫌われている。
鴉は、人間などには構わず、落ちていた果実の破片を器用に嘴で摘まみ上げ、食す。と、用は済んだとばかりに、さっさと、飛び去る。
その時。
建物の二階以上の窓という窓から、銃口が顔を出し、一斉に射撃を開始した。