⑺ エルゴス
最高神官エルゴスが死んだ。
死んだのは自宅である。
寄る年波には勝てず、数日前から、臥せっていた。
彼の派閥の者は、エルゴスの回復を信じて、彼が臥せっている事を隠し、登庁しない事を視察に出たと言って誤魔化していた。皇妃が会いたいと言って来た時には焦った。
エルゴスは、臥せっている割には、周りを怒り飛ばす程元気だった。神官として、自分以上の力を持つ者が周囲にいなかった事が、彼の不幸であった。
最高神官になる為に、色々と汚い事もした。そもそも、どうして自分は、最高神官になりたかったのだろうか。今から考えると、よく分からない。
シドウェル。
ふいに、あの人の事を思い出した。
特別な才能によって、若くして大神官になったあの人。あまりにも先を見過ぎていて、自分は付いて行くことが出来なかった。
あの人の、、あの方の起こした反逆は、皇教会によって全て隠蔽された。あの方を止めようとして重傷を負った自分には、口止めをしてきた。昇格をちらつかせて。
まるであの方が、最初からいなかったかの様にされた事が、腹立たしかったが、しかし、自分には逆らえなかった。なら、彼らを利用してやろう。平民出の自分が、何処まで行けるか、試してみようではないか。
ああ、そうだった。
自分は、あの方の様に、自分の力が何処まで及ぶのか、確かめてみたかったのだ。思いの外、遠くまで来てしまった。あの方の倍の時間は生きている。どうりで年を取るわけだ。もっと早く死んでいれば、もっと早くあの方と再会する事が出来たのに。
ふと、エルゴスは現実に戻った。皇教会は、あの世の存在を説いているが、教典の中で、救世主キンレイは、神の世界については触れていても、あの世の存在をはっきりとは明示していない。
神の世界とは、死して人が向かう場所。皇教会は、そう拡大解釈し、こう説いていた。「死後、安楽に暮らせる世界が待っている。あの世で安楽に暮らす為には、この世で、どれ程、徳を積むかにかかっている」。エルゴスは、そう人々に教えながら、自分は何処か他人事だった。
あの世が本当にあるのか。あちらに行けば、本当にあの方と会えるのか。
そう考えただけで、涙が出て来た。こんなにヨボヨボで、カラカラになった体から、よく出て来たものだ。自分は、人間だった。無力で、愚かな、ただの。
寝言で、「何をしておる。早くせぬか」と、付き添いの者を叱ったきり、エルゴスは静かになった。
享年、六十七。良く生きた。




