⑶ 短い夢
宮殿の中に、数人の部下を連れたガルスニキスが入って来た。
日が昇ったとはいえ、まだ朝早い為、街も宮殿の中も人の姿はまばらだ。
部下を引き連れ、悠然と回廊を歩くガルスニキスを官吏たちは野蛮なものでも見るような目で、やり過ごす。宮殿内に住む、皇帝に近い立場の多くの官吏は、金のかかる軍部を嫌っているし、政の何たるかも知らず、いちいち口を出してくる皇教会を目障りと思っている。
ガルスニキスは、挨拶がてら皇帝陛下への報告に来た、くらいの風情だった。彼を見た官吏は皆そう思ったし、実際ガルスニキスは門番にそう言って入って来た。だが、内心は違っていた。
三階の廊下の先に皇帝執務室がある。部屋の前には衛兵が左右に一人ずつ立っている。ガルスニキスを見つけて、立ち塞がる。
「お待ちを」
「陛下はいらっしゃるかな?」
「いらっしゃいます。お会いになるのでしたら、お一人で」
ガルスニキスは、ふてぶてしい笑みを浮かべると、後ろの部下に
「待っていろ」
と、言って、自分だけ入り口に立つ。
「失礼致します」
ガルスニキスは、挨拶して、中へ入った。不気味な位、にこやかな表情だ。
「陛下」
「義祖父殿」
皇帝は、窓際の執務机に座ったまま――数日前は彼に馬鹿呼ばわりされているが――、何事も無かったように微笑んだ。
秘書官のリメリオと、補佐官のヴァイオスが見守る中、ガルスニキスは皇帝の前に立つ。
「陛下、こちらの書類に署名を頂きたく存じます」
ガルスニキスは、そう言って、懐から書類を取り出すと、皇帝の前に置いた。
皇帝は、無表情、というよりむしろ落胆した様子でガルスニキスを見、書類に目を落した。皇帝位移譲についての書類だった。つまり署名によってガルスニキスに帝位が渡る。
「陛下は、やはりお疲れの様ですので、早々に引退されて、悠々と過ごされては如何ですか」
皇帝は、死を間近にした老人に慈悲を与えるが如く微笑んだ。
「義祖父殿。齢を考えれば、引退するのは貴方の方です。はっきり言って皇帝の職務は、老人には荷が過ぎます。お止めになられた方が宜しい」
ガルスニキスは、怒りの滲んだ顔に笑みを浮かべた。
「陛下、窓の外をご覧ください。貴方の宮殿は、三万の兵士に包囲されていますよ」
皇帝は、背後の窓を見向きもしなかった。
「三万というのは言い過ぎです。内、五千は私の兵です。私が合図を送れば、貴方の兵を排除する為、戦います」
ガルスニキスは、目を見開いた。
「ご冗談を」
「それはこちらの台詞です。考えてもみて下さい。宮殿の前で、私の兵が、貴方の兵と戦えば、民は、どちらに正義があると思うでしょう」
ガルスニキスは、答えられなかった。
「皇帝の座を若しくは私の命を奪いに来ている者がいる。それを阻止する為に、私の兵は、忠義を貫き戦っているのだ・・・。彼らはそう思います。首都の民は、皇帝に多少の不満は持っているでしょうが、だからと言って、皇帝の座を力で奪う者を支持しません。だからこそ貴方は、脅しだけで済ませようとしたのでしょう」
ガルスニキスは、黙っていた。
「宮殿の中についてもそうです。穏便に済ませれば、ルデレカもいます。官吏たちは、、まあまあ言う事を聞いてくれるでしょう。ですが、強引な事をすれば、貴方は例え玉座を手に入れたとしても、その座に座る、ただの置物になるでしょう」




