⑶ センのお仕事
夜、ファルウスは、仕事が終わると、約束通りセンと出会った教会の前に立った。
この辺りは、住宅街の為、夜は人通りが少なかった。明かりは、部屋から漏れる灯りだけが頼りだ。センは自分を見つけられるのか?
不安に思っていると、教会の向かい側にある集合住宅の三階の窓の一つが開いた。センが中から手を振った。
ファルウスは、少しほっとした。
センは、すぐに窓辺から姿を消し、ややあって通りに出て来た。センが彼の部屋へと案内してくれた。
センは、部屋は一時的に借りているだけなので、と言って、中に入れてくれた。
本当に、物が少なかった。ぱっと見て、燭台の置いてあるテーブルと椅子、部屋に備え付けの戸棚、ベッドくらいしかない。椅子をすすめられ、ファルウスは座った。
「葡萄酒は飲めますか?」
センが訊いて、戸棚の方に向かう。
「はい」
ファルウスが、答えた。
センは、戸棚から葡萄酒の瓶とグラスを取り出し、
「皇教会の方は、外では飲まれないのかと思いまして、部屋にお呼びしたのですが、却ってご迷惑でしたか?」
と、ファルウスの方を見た。
「いいえ。お気遣い頂いて、ありがとうございます」
ファルウスの場合は、そもそも飲みに行く金が無かった。聞いたところによれば、首都の酒場でも少人数で飲んでいると店によっては、絡まれるらしかった。地方に行けば、歓迎されることも、また別の場所では追い出されこともあるらしかった。この為、神官は皇帝の権威の届きにくい属州などの地方への派遣を好まなかった。誰だって、嫌われて、追い出されたりなどしたくない。
センは、テーブルにグラスを置き、葡萄酒を注いだ。グラスの脚元をすいと押して、ファルウスの前で止める。
「どうぞ」
「頂きます」
ファルウスは、遠慮なく葡萄酒を飲んだ。酸味と甘みの割合が自分の好みだった。
センは、ファルウスの満足そうな顔を見て、微笑んだ。自分の分を注ぐと、椅子を引いて座る。
「お口に合ったようで」
「美味しいです」
「お一人なんですか」
「妻には先立たれまして。子供もいません」
「そうでしたか」
「そのせいなのか、齢なのか、貴方の様に元気のない若い方を見ると、気になってしまいまして」
ファルウスは、目を丸くした。
「元気ないですか・・」
「気のせいなら、謝ります」
「仰る通りです」
ファルウスは、仕事を辞めるかどうかで悩んでいることをセンに打ち明けた。会ったばかりの男に悩みを打ち明けるなど、どうかしていると思いながらも止められなかった。
「もともと父の言いなりになって神学校に入ったのです。同期の多くは真剣に神官を目指していました。私は、きっと思いが足りないから、修行に耐えられないのです。かといって、他にやりたいことも無い」
センは、葡萄酒を飲みながら、黙って話を聞いていた。
ファルウスは、すぐに後悔した。
「どうすればいいと思いますか」センがどう思ったか知りたくなった。
センは、微笑む。
「答えを持っているのは、私ではありませんよ」
ファルウスは、内心がっかりした。元気のない若者を助けてくれるのではないのか。
ファルウスの内心の声が聞こえたかのように、センは、また微笑んだ。
「本当に辞めたいのであれば、貴方は迷うこと無く、既に辞めている筈です。続ける理由がありますね。父親に対する義務感か、始めたことを途中で投げたくない自分の誇りか、案外この仕事を気に入っているのか、、、。貴方は辞めない理由から目を背けているだけです。何故ですか」
ファルウスは、黙り込んだ。この人、自分なんかより、よほど多くの人を導けそうだ。
「貴方は、聖職者になるべきでした」
ファルウスは、力なく言った。
センは、うっすらと微笑みを浮かべた。これまでとは違う、少し陰のある微笑みだった。
センは、一度、目を伏せると、改めてファルウスを見た。
「ひとつ、提案があります」
「何ですか」
「今の仕事を続けながらでも良いので、私の仕事を手伝って頂けませんか?勿論、報酬は払います」
ファルウスは、驚きながらも、心が動いた。
「別の仕事をすることによって、貴方は新たな視点を手に入れます。答えを得る事が、、いえ、受け入れる事が出来るのでは」
ファルウスは、考えた。本当に、そんな風になれるのか。もしそうであれば、やってみたい。
「何をすれば良いのですか?」
センは、微笑んだ。
「私は、もう少し、キンレイの事を知りたいのです。この首都の事も。貴方が見聞きした事、体験した事、些細と思えるような事でも何でも構いません。向かいのパン屋の親父が、酒の飲み過ぎでぶっ倒れたとか」
ファウルスは、声を上げて笑った。
「七の日に、それを私に教えて下さい。何の話も無い時は、お互いの昔話などして、葡萄酒でも飲みましょう」
ファルウスは、喜びに目を見開いた。
「是非、やらせて下さい」
「ありがとう」
センは、そう言って微笑んだ。




