⑺ ルデレカの提案
皇帝の話を聞き、ルデレカは、沈黙した。
何故、皇帝が――三日前には、必要ない、と自分をなじって出て行った夫が――急に自分を求めて来たのか。全ては、私が、軍司令部長官、ガルスニキスの孫だから、、という事か。
行き詰って、助けを求めて来たのだ。屈辱を受けて、慰めて欲しかったのだ。そういう事か。
ルデレカの中に、怒りが湧いた。都合の良い女、そう思われている。
どうする。あんなに愛しいと思っていた気持ちは、今はすっかり冷めている。
怒りをぶちまけ、自分を道具扱いするなと示したい。だが、そもそも自分は、それを承知で結婚したのではないか。
大体、私にどうしろというのか。あの爺さんに言う事を聞かせるなんて、私に出来る訳がないだろう。
どうする。ここで少しは気の利いた事が言えなければ、本当にただの都合の良い女、、道具だ。
どうする。
「ルデレカ・・」
あまりに長い沈黙に、ヴァリスマリスは、不安になった。
「都合良く、利用されている、、そう思うのは当然だ」
ルデレカは、ドキリとして夫を見た。少なくとも、察しは良い男だ。ここで見限るのは、、少し惜しい。
ヴァリスマリスは、値踏みされてると自覚し、苦笑を浮かべた。
「私も、最初はそう思っていたよ。誰と結婚しても、結局はそう言う事だ。子供をつくるのも、義務だ」
ルデレカは、無言だった。
「でも、違った。君は、こんなにも愚かな私を受け入れてくれた。嬉しかったよ」
ルデレカは、困惑した。ああ、このままだと、私、結局この人の言いなり、、、。
「ずるいです」
思わず、ルデレカは本音を漏らした。
ヴァリスマリスは、にやりと微笑む。
「お互い様だろ」
そう言って、皇妃の額にキスをした。
部屋の隅で、存在感を消していたヴァイオスは、少し居心地が悪かったが、夫婦仲が良いのは喜ばしいと思った。
「陛下、私は、祖父に対する発言力を持ち合わせていません」
はっきりと、ルデレカが言った。直接的に皇帝の力になれない、というのは残念な事だ。誰だって、特別な人の、特別な人になりたい、そう思うものだ。男女や夫婦でなくとも。
「そうか」
ヴァリスマリスは、残念そうに、しかし、真っ直ぐにルデレカを見て微笑んだ。
ルデレカは、自分の為に、諦めたくなかった。何か、祖父に言う事を聞かせる良い方法は無いか。
「例えば、皇教会を使うのはどうでしょうか」
「皇教会?」
ヴァリスマリスにとっては、意外な提案だった。
「十年前にも熱死病が広まった事がありましたね。あの時も、戦争中だったと記憶しています」
ヴァリスマリスは、沈黙した。
「私自身、皇教会が言うように、神の怒りではないか、という恐れがあります。民の中にも信じる者は多いかと。神が何に対して怒っているのか、が、問題ですが」
ヴァリスマリスは、答えられなかった。十年前は、多くの者が、自分に向けられる怒りの矛先を躱そうと、たった一人の医師を犯人に祭り上げた。
「神は戦を止めよと怒っている。そう皇教会に言わせろ、という事か」
「はい」
ヴァリスマリスは、悪寒を感じながら、にやりとした。それは、なかなかの、、諸刃の剣だ。
「面白い話だが、皇教会が是と言ってくれるかどうか」
「そうですね・・」
ルデレカは、落胆したように顔を伏せた。
ヴァリスマリスは、微笑む。
「乗って来た場合どうする?戦争を始めたのは俺だから、下手すれば俺は失脚し、お前はただの女になるぞ」
ルデレカは、驚いて夫を見上げた。
「私は・・・」
そうか、そういうことになるのか。
ルデレカは、一瞬、考えるように目を逸らし、すぐ夫に戻すと、何でもない事のように、
「私は、上手く立ち回って、実家に戻れるようにします」
と、言った。
予想外の言葉に、ヴァリスマリスは、声を上げて笑った。
ルデレカは、唖然とする。
「私、そんなに可笑しなことを言いましたか?」
ヴァリスマリスは、まだ少しにやけながら、
「いいや、それでいいよ。ルデレカ。それでこそ私の妻だ」
と、言った。
ルデレカは、誇らしげに微笑んだ。
「必ず、お力になります」
「ありがとう」
ヴァリスマリスは、生涯の同志を得た様に、微笑んだ。