第三章 ⑴ 星の夜
オルヴァニオンは、暗闇の中にいる。
静かだ。
昼間の轟音と悲鳴が嘘のように、辺りは静寂に包まれている。
静か過ぎた。
目の見えない自分にとって、音が聞こえないというのは、少々不安になる。
つい、いつもは思い出さない様な事を思い出す。
あの日の夜も、静かだった。きっと、星が降るような夜だったのだ。見えはしなかったが。
瞼を開く。普段閉じているのは、目が入っている所が酷い事になっているからだ。見たら百人中百人が卒倒する。
あの時、先生が俺に気付いてくれていなかったら、俺は死んでいた。
死の恐怖が蘇り、体が、ぶるっと震える。
もう、いい年なのに、未だに死ぬのが怖いのか。いや、あの時、本当に怖かったのは、、、。
かつか、と、遠くから聞き慣れた足音が聞こえて、オルヴァニオンは微笑みを浮かべる。
ノックがして、扉が開く。むわりと、血の匂いと火薬の匂いが押し寄せてくる。
「オルヴァニオン、食事の用意が出来ましたよ」
ネグラスの声が言った。落ち着いているが、いつもよりくたびれた声だった。
オルヴァニオンは、にやりとする。
「キンレイ兵の肉でも食うのか?」
「勘弁して下さいよ」
「ははは!」
二人は、階下の食堂へと向かう。ネグラスが先に歩き、オルヴァニオンが、音を聞いて、その後を歩く。
オルヴァニオンは、ネグラスの足音が好きだった。
かつか。かつか。独特の旋律。右足を引きずってはいるが、歩くのが遅いという訳でもない。遅れを取るまいとする、ネグラスの気高さと生真面目さが表れている。なんともいじらしい。
「一言、挨拶をとシドウェルが言っています」
「俺がか?馬鹿言えよ」
「昔は人に説教して、お金稼いでたんでしょ」
「見えない奴がそれっぽい事言ってると、それっぽく見えるんだよ」
「兵士たちもいますし」
「そりゃ、シドウェルの仕事だろ」
「気を遣ってるんですよ」
「ガキめ」
館の食堂には、20人が座れる大きなテーブルと椅子が備えられていたが、食堂に近づくと明らかにそれ以上の大人数のざわめきが聞こえた。オルヴァニオンは、こりゃやるしかない、と思った。
ネグラスが扉を開く。兵士たちのどよめきが聞こえる。
オルヴァニオンが、入って行く。
「皆の熱気が見えるぞ。皆、よく戦った」
役者の様に声を張る。部屋の奥から一際大きな拍手の音が聞こえる。シドウェルか?皆、つられるように拍手する。
「エンドルは守られた。心ばかりの礼である。よく食べて英気を養ってくれ」
兵士たちの明るい声が上がり、皆、食べ始めた。
ネグラスに導かれて、オルヴァニオンが、椅子に座ると、大男の足音が近づいて来た。シドウェルめ。
「ありがとうございます」
シドウェルの声が、言った。オルヴァニオンは、声の方を向く。
「俺は、本来なら、こういう事はやらんぞ」
「申し訳ありません。ですが、とても、助かりました」
シドウェルの声は、やはりどこか疲れていた。
「大丈夫か。お前たち」
シドウェルは、静かに微笑んだ。その、声にならない声は、確かにオルヴァニオンの耳に届いた。
「大丈夫です。お気遣い、感謝します」
シドウェルは、そう言って、食堂を出て行った。