⑹ マルウス
征伐軍が首都を出てから、二日目の朝。
ラケルドは、皇帝の居城、グレオ・ス・ヴァルス宮殿に向かっていた。
首都に到着した昨日は、手紙を渡す相手であるマルウスを探して、右往左往した。
軍本部に行けば不在。屋敷に行くも会えず。移動で一日終わった。
お届けしましょう、お預かりしましょう、と言われるが、自分が軍幹部に会いたいのだ。皇帝との繋がりをつくりたいのだ。その機会を取られてたまるか。
しかし、宮殿にいなければ万事休すだ。仕事柄、もう首都にいないかも知れない。宮殿にいたとして、行って、すんなり会えるものか。屋敷で会えるのが一番手っ取り早かったんだが。
あれこれ考えている間に、馬車は宮殿の門をくぐって行く。
結論から言うと、ラケルドは、直接マルウスとも、皇帝とも会う事を許されず、手紙を官吏に差し出す羽目になった。悔やんでも悔やみ切れない。俺としたことが。
手紙は、審査と複数の部署を経由し、本来の宛先に渡るまで、更に二日を要してしまう。
征伐軍が首都を出て四日。
宮殿の皇帝執務室には、気まずい様子の補佐官と、粛々と執務を行う皇帝がいた。
この所、皇帝と補佐官のヴァイオスは、まともに口を利くことが出来ていなかった。口を開けば、言い合いになり、最後には皇帝がブチ切れて、幕引きとなる。これの繰り返しだった。
「失礼致します」
低い、落ち着いた声が聞こえた。司令部副長官のマルウスが、一礼して入って来る。
マルウスは、齢50を過ぎ、そろそろ引退か、と言われている。白髪を後ろにまとめ、整髪料で固めている。あまり軍人に見えない穏やかな顔に、多くの皺が刻まれている。
ヴァリスマリスと、ヴァイオスは、予期せぬ訪問者に、驚きを露わにした。マルウスは、軍の中でも穏健派で、司令部長官のガルスニキスに何かと敵視されている人物だった。そして、エランドルク征伐に、彼は全く関わっていない。ガルスニキスが彼を他の仕事に回したのだ。
マルウスは、二人の前に立つと、懐から手紙を取り出し、補佐官に差し出した。
「今朝、届けられた私宛の手紙です。ですが内容が、陛下に、御判断を頂きたいものでしたので、持参致しました」
ヴァリスマリスは、ヴァイオスを見た。
ヴァイオスは、受け取った手紙をそのまま皇帝に渡した。
皇帝は、封蝋を外すと、手紙を広げ、黙読する。
最初は、平静だった皇帝の顔は、次第に怒りと悲しみと戦慄に染まって行く。ヴァイオスは、皇帝を見守りながら、一体何事かと、不安になる。
「陛下」
ヴァイオスの声に、ヴァリスマリスは、すぐには応えられなかった。




