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⑷ 皇妃ルデレカ

 今年、成人したばかりのルデレカは、三日前、キンレイ帝国皇帝・ヴァリスマリスの妻になった。


 ルデレカは、軍務系最大派閥の重鎮・オルカイトス家当主、ガルスニキスの孫である。


 この派閥は、帝国で、最多の兵力を備えており、長期に渡ると予想されているエランドルクとの戦いに必須の兵力を備えていた。

 皇帝は、その兵力、即ち自分への支持を得る為、ルデレカとの結婚を決めた。引き換えに、彼は、自分一人では物事を動かせなくなる危険を受け入れた。

 

 ルデレカは、自分が、交換条件の品物の様にされていることは、自覚していた。オルカイトス家に生まれた以上、それを受け入れるしかない。むしろ、大いに受け入れて、品格と教養を身に着け、良き家へ嫁ぐのが、自分の出世になるではないか。そう思って生きて来た。しかし、まさか、皇帝と結婚とは、思わぬことであった。 


 ルデレカは、侍女たちから皇帝は、顔は良いが怖い人だとか、陰湿な人だとか、実は女に興味がないとか、実はハゲだとか、嘘か本当かも分からない話を散々聞かされていた。


 結婚の儀式まで、皇帝とは、形式上、顔を合わさない。当日、会ったところで、会話もない。ルデレカは、式の前に一瞬、皇帝の顔を見たが、確かに美しい顔をしていた。はげてはいなかった。


 式が終わり、大聖堂を出た時に、彼女はもう一度、皇帝の顔を見た。すると、どういうことか、まるで別人のように恐ろしい顔に見えた。


 皇帝は、とても謎めいている。


 結婚の儀式の日の夜、やはり怖い人なのかと、ルデレカは、すっかり固くなっていた。

 寝所で男性と過ごすのも初めてである。


 皇帝は、間もなくして現れると、ルデレカを抱き寄せ、唇を重ね、愛撫した。


 こんなに優しくして下さるなんて。


 ルデレカは、死ぬまで、その夜の事を忘れない。


 しかし。


 朝になると、皇帝は、既に寝所から姿を消していて、それから一度も会えていない。


 今は、お忙しいのだから、と、周りは言う。

 しかし、ルデレカは、だからこそ不安になった。そこで、皇帝補佐官のヴァイオスを呼び出した。

 そして、今、ヴァイオスが皇妃の部屋の前に現れた。


 ヴァイオスは、この忙しい時に何故と思ったが、皇妃に、来いと言われては、無視できない。

 固い顔をして、一礼し、部屋へ入って行く。

 皇妃の座るソファの両脇には、警護兼侍従の男が左側に一人、女が右側に一人、それぞれ厳めしい顔をして立っていた。一体、何をされるのだ。ヴァイオスは、戦々恐々とする。


 皇妃は、固い顔で、ヴァイオスを見る。皇妃としての威厳を保とうとしているのだ。

 ルデレカは、口を開く。

「私は、キンレイ帝国皇帝の妻であります」

「はい」ヴァイオスは、素直に応える。

「しかしながら、私は、私の務めを果たす機会を失っています」

「務め」

「あの方の、子供を産むという務めです」

 ヴァイオスは、深刻な顔になり、黙り込んだ。

 ルデレカは、内心、どうした?と思いながら、固い顔を維持する。

 ヴァイオスは、恐る恐る、

「初夜が無かったのですか?」

と訊いて来た。

 ルデレカの中に、あの夜の事が蘇る。微かに表情が緩む。

「それはありました」

 ヴァイオスは、それを聞いて、少し安堵した。

 ルデレカは、威厳を取り戻す。

「一度やれば良い、というものでは、ありません」

「仰る通りです」

「あの方は、どうして私の所へ来て下さらないのですか?」

 ヴァイオスは、慎重に口を開く。

「今は、エランドルク攻略に忙しい時ですので」

「それは解りますが、こういった事は、間隔が開くと、それっきりになってしまいます」

「はい」

「ですから、出来れば、ヴァイオスから、あの方に、それとなく言って欲しいのです」

 ヴァイオスは、黙り込んだ。そうしたいのは山々だが、俺の言う事を聞いてくれるかどうか。


 ルデレカは、返事の無いヴァイオスに、眉を顰める。

「どうしたのです」

 ヴァイオスは、悲しく微笑む。

「陛下は、最近は、私の言う事をあまり聞いてくれません」

 ルデレカは、力が抜けた様に、表情を緩めた。

「そうでしたか。以前は違っていたのですか」

「はい。ですが、陛下は、とても誠実な方なのです。民を守らんと、戦っておられる。その結果として、私の言葉が聞けなくなっているだけなのです」

 ルデレカは、皇帝の姿を思い返す。確かに、あの方は誠実な方と思う。


「どうしたら良いのですか」

「兎に角、話をしてみます。もし陛下が、お越しになられましたら、どうか、ルデレカ様、陛下を癒して差し上げて下さい」

 ルデレカは、目を見開いた。ああ、あの方の為に、出来ることがあるのだ。

「分かりました。ありがとう、ヴァイオス。私は、貴方を信頼します。今後も、何か困り事があれば、貴方に話したく思います。良いですか」

 ヴァイオスは、微笑んだ。

「私で良ければ、お聞きします。私が、直接行けない時は、必ず使いを行かせますので、遠慮せず、仰って下さい」

「ありがとう」


ルデレカは、安心したように微笑んだ。

 

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