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ケルベロスの首事情  作者: 蒼井絵宇
第3章 魂転がしの宝珠
8/52

3.1 挟撃

 爽やかな目覚めだった。

 洞窟を包み込む瘴気が心地よい。

 あれから数日が過ぎている。このままでいいのかと言う俺の想いと裏腹に、俺は確実にケルベロスでいることに慣れていく。

 珍しく、他の首はまだ眠っている。ベベはいつも早起きで、たいていはベベに起こされるか、ベベが歩き出したことで首が地面を擦る感覚で起こされるかである。

 ・・・よくよく考えると、なかなかにひどいことをされている気がする。

 俺は首を上げて洞窟の中を見る。最初に目覚めた時と全く同じ場所。ここが俺たちにとっての寝床なのだろう。

 ベベが起きないと何もできないな、と思いながら意識をすると、俺の身体が持ち上がった。

 ・・・・・・あれ?

 眠っているベベとケルケルの首が地面に垂れる。二人とも眠っている。ということは、起き上がったのは俺の意志?

 試しに身体を動かしてみる。脚を上げ、尻尾を軽く振ってみる。

 動く。俺の意志通りに身体が動く。

 久しぶりに自分の身体を取り戻したようで嬉しい。次は何をしようかと考える。

 が、その時、ベベの首がわずかに動くのが見えた。

 ・・・これ、俺が身体を動かしたこと、気付かれていない方がいいのではないか?

 幸い、寝床からは動いていない。

 俺はそっと身体を下ろして眠っていた時と同じ姿勢に戻すと、首を地面につけて眠っているふりをした。


 すぐにベベが目覚めた。隣の首に上方に引っ張られる感覚があり、次いで身体が立ち上がる。俺の首が地面を擦ったところで、目覚めたふりをした。

『もう朝?』

 発言をしてからちょっと不自然だったかな?と思う。ふりをするというのは存外に難しい。

『寝ぼけてるのか?朝も夜もないだろ』

 ・・・相変わらず、腹の立つ物言いである。

 確かに洞窟の中におり、朝も夜も分からない。時計があるわけでもないし、時間の感覚は分からなくなっていた。

 それでも、一定の生活のリズムができている。であれば、起きた時間を朝と言って差支えはあるまい。

 と、頭の中では考えたが、結局俺は何も言い返さなかった。ベベの機嫌を損ねると嫌がらせをされるし、俺は今、気分が良かった。

 ベベが眠っていれば身体を動かすことができる。これは何かの時の切り札になりそうだった。その何かの時まで、この切り札はベベに気付かれないよう大事にとっておこう。

 何しろ、俺の首の役割は魔法である。魔法の中には睡眠スリープもあるのだ。ここまで考えて、俺は自分の思考に待ったをかける。

 ・・・待てよ?

 さっきはベベもケルケルも眠っていた。ベベだけが眠っていて、ケルケルと俺が起きている時、身体の操作権はどうなるのだろう?

 少し考えてみたものの、現時点では推測するための材料が揃っていなかった。試してみるわけにもいかない。この切り札、ベベだけでなく、ケルケルにも気付かれないようにしておきたい。

 保留だな、と思った。


  ***


 起きたら食事の時間である。相変わらず、ベベがおいしそうに食べているのを見守る。俺の口からよだれが垂れているのも相変わらずである。結局、ケルベロスとして目覚めてから何も口にしていない。お腹が満たされるとはいえ、味わっていないため、あまり満たされた気分にならない。乾きも感じている。せめて溶岩浴をした時に溶岩を口に含んでおくんだった。

 そういえば、と俺は顔を上げる。

 魔王がいる。珍しいことだった。普段は俺たち・・・、というよりは、ベベの食事を用意すると魔王はどこかへ歩み去るのだが、今日はそのまま食事をする俺たちを見守っていた。

 ベベも魔王に気付いたらしく、食事を終えると魔王を見上げて首をかしげた。

 魔王の重々しい声が聞こえて来る。

「冒険者が大迷路に入り込んだ」

 大迷路・・・。

 俺と彩苗さなえが魔王を目指して迷宮を進んでいる時、抜けたのが大迷路だった。おそらく、魔王洞に至る道には大迷路と宝物庫の二ルートがあるのだろう。

「やることは分かっているな?」

「わぉーーーーん!」

 魔王の声にベベの咆哮ほうこうが答える。俺は咆哮を合わせ損ねた。やることが分かっていなかったからである。

 魔王がおや?と言う表情を俺に向けたので、慌てて吠え声を上げる。

「わ、わぉーーん!」

 魔王が満足そうに頷いた。


  ***


 俺の身体は大迷路に向かう。今回は通用路には入らず、そのまま迷路に踏み込んだ。

魔王洞の扉を抜け、大迷路に入ると、そこから三方向に通路が延びていた。彩苗とここへ来た時、左の通路からこの扉へ踏み込んだのを記憶している。また、先日の通用路の方向から察するに、右の通路は宝物庫から来る際のルートだろう。

 だが、俺たちは迷わず正面に歩を進めた。

 こういう時はベベが身体の制御権を持っていることがありがたい。魔王の犬としての行動が分からなくても、ベベが身体を動かしてくれるし、それを見ていれば俺もどう行動すればいいか分かるのである。おかげで、左首の中身が入れ替わったことに気付かれずに済んでいると言っても過言ではなかった。

 正面の通路は少し先で右に折れ、その先は小部屋になっていた。行き止まりである。

 ここで何をするのだろう?

 俺はベベの様子を窺う。気を付ける必要があるのは、俺が能動的に動くべきケースだ。何か魔法を張っておく場合、俺が動く必要がある。幸い、ベベは仕切りたがりなので、俺に役割がある時は何かしら上から目線で命令してくる。それがあった時に、何をすべきか考えればいい。

 今回は、と言うと、何もなかった。ベベが動く気配もなければ、俺に対する命令もない。

 何をしているのだろう?

 首を傾げたその瞬間、俺ははっとした。

 思い出した。

 先日、彩苗と一緒に魔王と戦った時、戦闘開始時にケルベロスはいなかった。魔王との戦闘中に、背後から攻撃された。つまり、挟撃されたのだ。

 そのためのポジション取りではないのか?


 俺の考えを肯定するかのように、魔王洞の入口から冒険者たちの声が聞こえてきた。


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