2.4 ご褒美
戦闘が終わると、俺たちは部屋の一方向の壁へ向かう。戦闘中、そこには石煉瓦の壁しかなかったはずだが、いつの間にか、そこに通用路へ向かう開口が口を開けていた。それと同時に冒険者たちが入ってきた扉が触れてもいないのに音を立てて閉まり、鍵がかかる音が響いた。
迷宮内の扉や仕掛けを誰かが監視し、操作しているのだ。魔王だろうか?
そんな俺の疑問をよそに、俺の身体は悠然と通用路を引き返す。
魔王洞のいつもの場所で、魔王は待っていた。
妖気をまとった黒い影は、俺たちの姿を見ると、重々しく口を開いた。
「良くやった・・・」
俺の身体は魔王の言葉を聞いていないかのように、魔王に向けて速度を上げる。
みるみる黒い影が迫る。
俺は思わず叫びそうになった。このまま魔王に突っ込む気か!?
そんな俺の心配をよそに、ベベは一切ためらう様子を見せず、魔王に飛びついた。
全速力である。傍から見たらとびかかったように見えるだろう。
俺の巨体が魔王の黒い影へと吸い込まれる。強い衝撃を覚悟して俺は思わず目を強く閉じる。
が、覚悟したような強い衝撃はなかった。
魔王は俺たちの身体を予想外に柔らかく受け止めたのだ。そのまま魔王の手が俺たちの首を均等に撫でる。魔王の手から伝わってくる妖気が心地よい。
「よーしよしよしよしよし!いい子だ!!」
魔王の嬉しそうな声が幸福感を与えてくるあたり、俺は順調に魔王の犬として順応しているように思えた。
・・・いいのか?それで。
「約束のご褒美行こうか!」
「わぉーん!」
魔王の言葉にベベの嬉しそうな吠え声が答える。
そういえば、冒険者退治に向かうとき、魔王がご褒美と言っていた。ご褒美ってなんだろう?
***
魔王は魔王洞の奥へと俺たちを導いた。
尻尾がちぎれんばかりに振られているのが分かる。ベベが大喜びをしているのだ。後ろを見ると、蛇はぐったりとした表情のままぶんぶんと振られていた。
・・・可哀そうに。
そういえば、ケルベロスは首一つ一つが思考を持っていて、かつその思考は人間に近いのだが、尻尾の蛇は人間に似た思考を持っているのだろうか?少なくとも、蛇の声は聞こえないし、今のところ蛇が能動的に何かの動作をするのも見ていない。
だが、だからと言って蛇が俺らと似た思考を持たないと決めつけるのは尚早であろう。
まあ、それを言えば・・・。
俺は洞窟の中を見渡す。
現実を受け入れるしかなかったので今まであまり考えないようにしていたのだが、俺に何が起こっているのだろう?
少し考えて、首を振る。ダメだ。考えるための材料が不足している。何が起こったかではなく、今いる世界がどんなところかを考えた方がよさそうだった。こちらはある程度材料が揃っている。ゲームをそのまま再現したような世界になっているのだから。
「よしよし、たっぷり浴びておいで」
魔王の言葉が聞こえて俺は思考を中断した。
洞窟を進むにつれて熱気が上がっていくのは感じていた。
その熱気の正体が視界に入った。
溶岩で満たされた池。その池の表面では溶岩が泡立っている。人間であれば見るも恐ろしい光景であろうが、俺の身体は嬉々として溶岩の池へ向かって走り寄り、そして、一切のためらいなく飛び込んだ。
溶岩飛沫が上がり、どろどろとした灼熱の液体が肌を撫でる。
気持ちいい。
特に氷の矢を受けた部分に溶岩が触れると、はっきりと癒されるのを感じた。冷気に弱くて熱に強い。ある意味分かりやすい身体である。
全身が溶岩に浸り、俺も首を溶岩に突っ込むと、何とも言えない幸福感に包まれた。
ベベはもちろん、ケルケルも相当気持ちいいらしく、
『ああ・・・』
と言う満足げな声が聞こえて来た。
溶岩池から上がり、魔王の前に行く。
「気持ち良かった?」
「わぉーん!!」
魔王の問いに三首の声が重なった。
それから俺の身体がぶるぶると震え、身体に付着した溶岩が飛ぶ。水浴び後の犬そのままである。
溶岩が飛沫となって魔王に降りかかっていたが、魔王がそれを気にする様子はなかった。魔王も溶岩が平気なのだ。
そう言えば、魔王は熱だけでなく、冷気も電撃も効かずかなり困った記憶がある。何か弱点はあるはずなのだが・・・。
ふと気になった。俺は今回、魔王の犬として冒険者を撃退したのだが、それで良かったのだろうか?もともとは、魔王と戦う冒険者だったはずである。魔王を倒さなくていいのだろうか?
とはいえ、現在の俺は身体の支配権すら持っていない。少なくとも今はベベの意志に従い、魔王に尽くす他、なかった。