2.3 働け、ケルケル
戦闘が進むにつれ、俺へのダメージがかさんでいく。
冒険者たちは明確にベベの癖を掴んでおり、それを最大限に利用していた。
戦士が攻撃を仕掛けて俺たちの身体を右に回転させる。戦士の攻撃が俺に向かい、俺は戦士に魔法を仕掛ける。だが、戦士は盾を構えたまま剣を振り下ろし、盾と全身を使って俺の魔法を受けきる。そこに、女戦士と魔法使いが攻撃を浴びせるのである。次の魔法は間に合わないため、俺は仕方なく回避しようとするが、回避しきれずに攻撃を受けることになった。要は戦士をタンクにして、後衛が攻撃を仕掛けるパターンを組んでいたのである。
特に氷の魔法が肌に触れると、そこから急速に生命力が流れ出していく。炎に強い分、氷には弱い身体であるらしい。
それに・・・、俺はベベの首を睨む。
攻撃をされるとベベは回避行動を優先し、そのたび、仕掛けていた攻撃が止めてしまう。そのため、ほとんど有効な攻撃ができておらず、パーティはすっかり態勢を立て直していた。
その上、
『おい、ちゃんと攻撃しろよ!』
とベベに言われると腹が立つというものである。
いや、ここで冷静さを失ってはいけない。
そう自分に言い聞かせる。
癖にしても、あまりにもひどい。何か理由でもあるのではないか?
そう思った俺は、敵の動きではなく、味方の動きに意識を向けてみることにする。
折しも、戦士が俺たちに向かって斬りかかってきた。女戦士と魔法使いが攻撃準備をしている。もちろん俺を狙っているのだろう。
ぎりっ、奥歯が音を立てる。いや、落ち着け。何が起こっているかを見るんだ。
ベベが咬みつこうと戦士に向かい、戦士が剣を振りかぶったその時・・・。
突如、身体が右に引っ張られるのを感じた。わずかな感覚。敵に気をとられていたら気付かなかっただろう。その感覚に従うように、俺の身体が右を向く。
これはもしかして・・・。
そう思いながらも、首をひねるようにして振り下ろされた剣を躱すと、戦士が驚いたような声を上げた。
「なっ!?」
俺たちの癖もひどいが、パーティの戦術もワンパターンだったのだから、当然である。特に戦士は防御優先で盾を構えながら剣を振るため、どうしても太刀筋が限られる。見切るのは難しいことではなかった。
バランスを崩した戦士を無視して、火球を後列へ放り込む。
「なっ、しまっ!!」
魔法使いから声が聞こえて来た。今までと同じように、女戦士が矢を、魔法使いが氷の矢を放った直後だった。
俺は思いっきり首を左に振る。俺の予想が正しければ、これで・・・。
予想通り、俺の身体が左へと回転した。
『え、ちょっと!?』
『お前頑丈なんだから、攻撃受けろ!』
ケルケルの戸惑う声に俺は怒鳴り声を返す。
『うわっ!冷たい!』
「きゃん!」
「ぐぁ!」
「きゃー!」
ケルケルの鳴き声に、魔法使いと女戦士の悲鳴が重なった。火球が二人の間で爆発したのだ。
俺はすかさずケルケルに怒鳴り付ける。
『ケルケル!お前二度と右に首を振るなよ!』
『え、だって、怖いし・・・』
『ふざけんな!』
俺は叱責する。
『お前が首を右に振るから敵の攻撃全部俺が受けてるんだぞ!』
『え、そうなのか?』
ベベが驚いたような声を出した。敵の攻撃の方に集中していて気付いていなかったらしい。
『ケルケルに攻撃を受けさせるんだ』
俺が言うと、ケルケルが非難めいた声を上げた。
『なんでさ、痛いじゃない』
『このままだと負けるぞ!いいのか!?』
『うっ・・・』
ケルケルが怯む。
これは決して脅しではない。
今回、戦士は少し距離をおいて俺たちを睨みつけている。俺がパターンを変えたことで警戒をしているのだ。戦士は仲間たちと言葉を交わしているように見えた。残念ながら何を話しているかまでは分からない。
ともあれ、こちらが戦術を立て直したことに相手も対応してくるはずである。連携の悪さを突かれたら一気にやられることだろう。
実際、彼らは戦術を明確に変えた。
戦士が盾を落とし、両手で剣を持って突撃してきたのだ。俺の魔法を身体で受けきる覚悟で、なんとしても俺の魔法を誘発しようというのだろう。
戦士が今までより素早い動きで剣を振り上げる。
身体が右に引っ張られそうになるのを感じた俺は叫んだ。
『ベベ!左!』
右に回りかけた身体の動きが止まり、今までと逆向きに回転する。
「なっ!?」
『ええ!?』
戦士の驚愕の声に、ケルケルの心の声が重なる。だが、ケルケルは咄嗟に魔法を発動させていた。
がん!
大きな音が響き渡る。ケルケルが魔法で盾を作り出し、戦士の攻撃を防いだのだ。
攻撃を防がれ、態勢を崩した戦士の腹にベベが食いつく。
「がっ!くそ!放せ!」
戦士が苦痛の声を上げる。
それと同時に俺が魔法を発動させた。電撃が一直線に放たれ、魔法使いを捕える。
「うわあ!」
電撃を受けた魔法使いは叫び声を上げながら床を転がる。身体が痺れてしばらくはまともに動けないことだろう。
女戦士が矢を放ってきたが、それもケルケルが盾で受けた。
ベベは戦士の腹に大きなダメージを与えると、首を振って戦士を飛ばした。戦士の身体が女戦士と魔法使いの間に落ちる。
俺の身体が三人めがけて走り出す。
それを見て、敵は戦闘の続行を断念した。
「ダメだ!直人、戻るぞ!」
戦士の声を受けて、魔法使いが床に転がったまま杖を振り上げ、帰還の魔法を発動させる。
俺たちが三人の元に着くより早く、冒険者の姿が光に包まれた。
光が消えると、そこには既に冒険者の姿はなかった。逃がしはしたが、これで冒険者を追い返すことに成功した。戦闘は終わったのだ。
「わぉーーーん!!」
ベベと俺が同時に勝利の咆哮を上げた。