12.5 ログアウト
その時間は永遠に思えるほど長かった。
俺たちにできることはもうなかった。ただ、うまくいったことを信じて待つだけだった。
土の地面の上に俺たちは横たわっていた。俺も彩苗も首を地面につけたまま、眼下に広がる景色を眺めている。中央の首も地面へと垂れているが、それはぴくりとも動かない。魂が抜けた、抜け殻になっていた。宝玉も咥えていない。
おそらく、悠雅は再び魂転がしの秘宝に封印されたのだろう。
俺が最後に使った魔法、それは帰還だった。
ケルベロスの身体そのものを指定したので、順番までは指定していない。帰還を使ったことで、秘宝が発動し、一番近くにいた悠雅の魂が抜かれたのだろう。
だが、確認する術がない。俺と彩苗はその魂が卓の身体を乗っ取っていないことを信じて、待つしかなかった。
だから、
「待たせたな!終わったぞ!!」
と言うテルテルの声が耳に入った時、俺と彩苗は何とも言えない解放感と脱力感に包まれたものである。
俺と彩苗が頬をすり合わせて喜びを分かち合っていると、雅也、茜、日葵の三人が淡い光に包まれて広場に姿を現した。
「煌太、彩苗、ありがとう!!怖かったよぉ!」
日葵が駆け寄り、俺と彩苗の頬に片手ずつを回して抱き着いた。
『悠雅は、どうなったんだ?』
日葵に頬をこすり付けながらも、疑問を言葉にすると、テルテルが答えてくれた。
「作業中、あやつには玉の中でおとなしくしてもらったわい」
『今は?』
「あとで見てもらえれば分かるじゃろう。もうやつにいじらせんて」
***
それからはトントン拍子に事が運んだ。
まず、俺たちは町へ行き、魂の呼び戻しをする。
本来ならペナルティ期間中なのだが、テルテルがそれを解除してくれた。
「当然の処置じゃ」
彼がそういう中、強い光が室内を満たし、その中に明人と卓の身体が表れる。
彼らが眩しそうに眼を開くと、日葵と茜が涙を流しながら戦士たちの身体へと抱き着いた。
俺たちだけではない。
町に入ってから出会った冒険者たちに魂の呼び戻しが再開したことを伝えて来ていたので、噂を聞きつけた冒険者たちが集まり、失った仲間の魂を呼び戻していた。
歓喜の涙に包まれる中、多くの冒険者たちが淡い光に包まれて消えていく。これは異常事態ではない。ログアウトできるようになったことで、この世界に閉じ込められていたプレイヤーが、元の世界へと帰っていくのだ。
普段なら、入れ替わりに淡い光に包まれて冒険者が入ってくることもあるのだが、テルテルが、
「ログインは停止しておる。この世界のメンテナンスをしなくてはな」
と言っていた。俺たちも用事が済んだらログアウトし、しばらくこの世界は閉じることになると言う。とはいえ、ログアウトする前にまだやるべきことが残っていた。
俺たちは再び迷宮に入った。仲間の冒険者たちも同行してくれた。
障害はなかった。迷宮の敵や罠の動作は停止していたし、テルテルが管理者用の通路を開放してくれたおかげで、一気に魔王洞まで行くことができたのだ。
ちなみに中央の首は未だ動いていないものの、歩行の邪魔にならないようテルテルが首を持ち上げてくれていた。
魔王洞では魔王が待っていた。
「副管理者じゃからな」
テルテルが魔王を先に復活させていた理由を語った。
魔王は俺たちを見ると荘厳な声を出した。
「迷惑をかけたな。今は叶わぬが、修正が成った暁には正々堂々と勝負させてもらう」
彼が魔王洞を案内する。
最初に訪れたのはゴーレムの部屋だった。
いくつかのゴーレムには複製された冒険者の魂が入っていたはずだったが、その魂は消えており、ほとんどのゴーレムが動きを止めていた。テルテル曰く、一度初期化するのだそうだ。
そんな中、一体だけ、魂の入っているゴーレムがあった。そして、それは複製された魂ではなかった。
その木人形は俺たちの姿を見ると悔しそうな声を出した。
「出しやがれ!畜生!畜生!!」
悠雅だった。
ひたすら悪態をつき続ける木人形に冷たい視線を送り、ゴーレムたちの元を去ってから日葵がテルテルに問いかけた。
「あいつはどうなるです?ずっとあのままです?」
「なぁに、ログアウトはできるようにしておる。本人が気付けば勝手に出て行くじゃろう。二度とこの世界には入れんじゃろうし、元の世界でいろいろやらかしているみたいじゃからの。無事ではすまんじゃろう」
***
最後に訪れた場所、そこには俺と彩苗の身体があった。
「わう!」
「わんわん!」
俺と彩苗の興奮の声が重なる。
それにしても、自分の身体が目の前にあるというのは妙な感覚だった。自分の魂が抜け出てしまったような・・・。いや、実際に抜け出ていたのか。例えになっていない。
二人の身体は壁にもたれかかったまま、目を閉じて眠っているように見えた。
「良いか?」
魔王の荘厳な声に俺と彩苗の首が頷いた。
『ここまで大変だったな』
『でも、新鮮な経験だったね』
『そうだな』
ある意味、俺と彩苗は心を通わせていた。それが終わるのは少し残念でもあった。
魔王が魂転がしの宝珠を掲げ、強い光が俺の視界を埋め尽くした。
強く閉じていた目をおそるおそる開く。
壁にもたれている身体の胸から下が見える。見慣れた身体、自分一人の意思で自由に動かしてきた身体がそこにあった。
左には同じように壁にもたれ、自身の身体を見つめている彩苗がおり、正面には、三つの首を持つ巨大な犬が地面に伏していた。今では三つの首全てが目を閉じて動かなくなっていた。
「彩苗?」
呼びかけると彼女が俺に顔を向け、目が合った。涙を流す彼女の顔が滲んで見える。自分も涙を流しているのだと気付いた。
それから二人はめいっぱい首を伸ばしてお互いの顔を近づけようとして、そこで、気付いた。
もう動かせるのは首だけではないのだ。
恐る恐る、脚を動かす。ややよろめきながら立ち上がり、左に身体を向けると、目の前に彩苗が立っていた。
「彩苗!」
「煌太!」
お互いの名前を呼びながらしっかりと抱き合う。柔らかくて温かい身体を目いっぱい感じながら、二人は無意識のうちにお互いの頬をすり合わせていた。
「わわ、大胆ですっ」
日葵の声にはっとして顔を離す。お互い、犬でいる時の習性が染みついてしまっているようだった。
彩苗が顔を赤らめながら、
「えへへ」
と笑った。
***
俺たちが再開の喜びを分かち合っている間に、魔王はもう一つ、儀式を進めていた。
ケルベロスの身体が淡い輝きに包まれると、俺たちはそちらに視線を向ける。何をしているかは訊くまでもなかった。
輝きが消えると、三つの首の目が同時に開いた。きょろきょろとあたりを見回し、身体が起き上がる。左右の首は俺たちに気付くと、首を低く構えて
「うー!!」
と威嚇するような声を上げた。
一方、中央の首は俺たちの顔をしげしげと眺めている。それから、
「わう?」
と問いかけるような声を出した。
彼の声はもう頭の中に届いてこない。だが、彼の質問はなんとなくわかった。
「ベベ、煌太だ。お邪魔したな」
「彩苗よ。結構楽しかった」
すると、ベベは俺たちの近くまで歩を進め、頭を深々と下げた。左右の首、ケルケルとロスロスがその様子を不思議そうに見る。すると、
「わう!」
とベベが咆え、慌てたようにケルケルとロスロスが俺たちに向かって頭を下げた。
俺と彩苗はそんなベベの頭を撫でようと同時に手を近づけ、
「熱っ!」
と同時に叫んだ。
それからケルベロスはきょろきょろとあたりを見回し、魔王に気付いた。
彼は魔王へと近付き、魔王の手前で一度止まる。
少しの間、躊躇う様子を見せた後、思い切ったように、彼は魔王へと飛び込んだ。魔王はそれを身体全体でしっかりと受け止める。
「おーーーー、よしよし!!よく帰ってきたねーーー!!」
久しぶりに聴く魔王のハスキーな猫撫で声。魔王が三つの首を順番に撫で、
「くぅーーーん」
という甘えるような声が響き渡った。
仲間たちが、もれなく目を丸くしていた。
***
「そろそろお別れじゃな」
魔王に甘えるケルベロスの尻尾、テルテルが俺たちに語り掛ける。
「もうちょっと見ていたい気もするです」
日葵が魔王とケルベロスの様子をじっと見つめながら言う。テルテルは苦笑した。
「そうもいかん。もうずいぶん引き留めてしまった」
「ここ、やっぱり閉じるのか?」
「現実世界の方も大騒ぎになっとるじゃろう。しばらくは無理じゃな」
「どうなってるんだ?」
「お前たち、五日間ほど、眠りっぱなしになっておる」
「わわ・・・」
思ったより大事になっている。家族も心配していることだろう。例えログインできたとしても、家族が許してくれまい。
それにしても、あのまま悠雅の横暴を許していたら、と思うと背筋を冷たいものが走った。このまま目覚めない可能性もあったのだ。
「お前たちには感謝しておる。いつか、事故のない世界に仕上げるからそうしたらまた」
「ああ、遊びに行くよ」
俺が言うと、蛇がぺこりと頭を下げた。
そして、淡い光が俺たちを包み込み、世界は次第に強まる光の中に溶けていった。
--ケルベロスの首事情 終--




