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ケルベロスの首事情  作者: 蒼井絵宇
第12章 決戦
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12.3 過ち

『ベベ!おい、ベベ!』

 俺は驚いて呼びかけるが、ベベの返事はない。

 ベベの首はだらりと地面に落ち、その目は閉じられていた。

 雅也がベベの首へと駆け寄ってきた。彼は大急ぎでベベに治癒の魔法をかける。何度もかけるその様子は、明人が落とされた時と似ていた。そして、治癒の結果も同じだった。

 ベベの首の傷が塞がり、出血が止まる。だが、ベベは目を開けないし、ベベの声は戻ってこない。

 ベベは魂を失っていた。

「わぉーーーーーん!」

「わぉーーーーーん!」

 俺と彩苗の遠吠えが響く。

 結果から言うと、この時、俺たちはとんでもない過ちを犯していたのだが、誰一人、それに気づいていなかった。


「ベベは心配しなくて大丈夫じゃ!それより、柱のウイルスを!」

 テルテルの声に俺たちははっとした。

 そうだ、ベベを喪った悲しみに暮れている場合ではない。この世界の機能を取り戻すんだ。そうすればベベも戻ってくるはずではないか。

 俺と日葵ひまりが火球を生み出し、中央のウイルスの柱へとぶつける。

 細胞の一部がはじけ飛び、柱の本体が顔を覗かせた。

 ガラスのような透明な円筒状の柱が天井まで伸び、その中に無数の水晶やレンズ、管のようなものがぎっしりと詰められている。水晶から水晶へと光が飛び回っていた。ただ、火球をぶつけてもびくともしなかったところを見ると、ただのガラスではないのだろう。

 まだ柱の大半はウイルスに覆われている。もう何度か炎をぶつけていく必要があるだろうか?

 そう思っていると、突如、柱を覆っているウイルスが次々に弾け、黄色い液体をまき散らし始めた。

 何が・・・?

 思わず身構える。

 と、場違いに嬉しそうな声が聞こえて来た。

「アクセスできたぞ!これで大丈夫じゃ!」

 テルテルの陽気な声に、冒険者たちが集まってきた。

「世界が戻せるです?」

 日葵が目を向ける。その表情には期待と緊張が表れていた。この問いの答えは明人が復活できるかに直接かかわってくるのだ。

「戻せる」

 テルテルの答えに日葵の表情が輝いた。

「じゃが、時間がかかる。ウイルスを除去せないかんしな。二時間ほど、時間をくれんかの」

「その間、どうしていたらいい?ここにいなきゃだめか?」

 卓はウイルスによって黄色く彩られた部屋を見ながら言った。体力的にも俺たちのパーティは限界に近い。

「でも、ここで作業するんですよね?」

 テルテルが答える。

「アクセスできるようになったからには、ここでなくても作業はできるんじゃが・・・」

 それから申し訳なさそうな口調に変わった。

「ここに何かあったら一大事じゃ。できれば作業が終わるまで見守っていてくれんかの?」

「二時間、いればいいんだな」

「これから作業に集中する。会話できんが、よろしく頼むぞ」

 そう言ってテルテルは会話を終えた。作業を始めたのだろう。

 不意に俺は身体が右側に引っ張られるのを感じ、彩苗が右脚を下ろしたのだと気付いた。雅也が彩苗に治癒をかけていた。

 左脚を下ろし、地面に伏す。

 疲れ切っていた。

 それは冒険者の仲間たちも同じらしく、彼らもウイルスが除去され、本来の姿を取り戻しつつある床に腰かけ、がっくりと肩を落としていた。

 ともかく、俺たちの仕事は終わった。後はテルテルに任せればいい。そんな安堵感がパーティを包み込んでいた。


  ***


 うとうとしかけたその時、不意に俺の身体が起き上がった。

 最初、俺は違和感に気付かなかった。ややほうけていたのかもしれない。

 あれ?と思う。

 両脚で起き上がっている。俺は身体を起こそうとしていないし、彩苗では右半身しか起こせない。となると、身体を起き上がらせたのは俺でも彩苗でもない。

 見ると、中央の首が起き上がっていた。首を伸ばし、きょろきょろとあたりを見渡している。


 ベベ!?


 俺は上げようとしていた喜びの声を寸前のところで飲み込んだ。

 脳が強い警告を発している。

 おかしい。

 俺たちの身体は起き上がってから左右によろめいている。明らかに慣れていなかった。


 ベベじゃ・・・、ない?

 じゃあ、真ん中の首には何が入ったんだ?


「あれ?大丈夫だったです?」

 日葵が気付き、冒険者たちが俺たちに視線を向ける。

 彼らが近寄ろうとすると、中央の首が彼らに威嚇いかくの目を向け、唸った。

「うーーーー!!」

 それからきょとんとした表情をする。

 自分の出した声に驚いたのだ。やはりベベではないし、本来ケルベロスではない何かがそこにいる。


 まさか・・・。


 俺は冷や汗が噴き出るを感じた。汗は流れず、湯気となって上っていく。

 仲間たちも異変に気付いた。彼らはお互いに顔を見合わせ、そして、卓が気付いた。

「おい、雅也・・・。それ・・・」

 卓は震える手で雅也の巾着を指した。全員の視線がそこに集まり、息を呑む音が続いた。

「あ・・・、あ・・・」

 雅也はここに来て、自分の過ちに気付いていた。

 今まで、魂の入った秘宝により、巾着からは淡い光が漏れ出ていた。それが消えている。

 雅也が震える手で巾着から秘宝を取り出す。

 秘宝は輝いていない。秘宝から魂が抜け出たことを示していた。そして、その魂の行先は・・・。


 ごと


 硬い音が響いた。雅也が輝きを失った秘宝を床に落としたのだ。


『なんだぁー?一体、どうなっているってんだぁー?』

 聞き覚えのあるねちゃっとした声が、俺たちの頭の中に響いた。


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