2.2 致命的な癖
扉がうっすらと開いたところで、俺は仕掛ける。
魔法で赤く光る球を作り出し、わずかに開いた扉に放り込む。扉の先で炸裂する球。威力は高くないものの、相手を怯ませることができる。そこに突撃をかければ優位に立てるはずである。
ベベにもそれが分かっており、タイミングを合わせて扉に突撃をかけようとしている。俺は次の魔法の準備を始めた。
だが、次の瞬間、扉から黄色く光る球が入ってきた。俺が放った魔法と違う。これは・・・!
『ケル!』
ベベが叫ぶよりも早く、俺たちの身体を黄色い光が柔らかく包み込んだ。
ばちばちばちばち!
「っ!!」
電撃が俺たちを包み込む。ケルケルが咄嗟に耐性を張ってくれたおかげでダメージは軽減されているはずだが、それでも身体中を痺れるような感覚が走った。
一方、扉の向こう側でも炸裂音とともに叫び声が上がった。
『痛い、痛い!』
ケルケルの情けない声が聞こえ、ベベが舌打ちをした。
『ちっ、このくらいで情けない声を出すんじゃない!くそ、小癪な!』
痺れを払うように身体を大きく振る。
扉が開け放たれ、三人の冒険者が部屋に入り込む。奇襲は失敗である。やはり、ここまで来るだけあって、一筋縄ではいかない。俺は武者震いを覚えた。相手の奇襲を防げただけでも良しとするべきだろう。
相手の姿を確認するよりも早く、身体が走り始める。
俺は視界を敵パーティに固定し、酔わないようにすると同時に彼らの編成を確認する。
扉を押し開けて飛び込んできたのは、金属鎧に身を包み、長剣を持った男の戦士だった。俺たちを迎え撃つべく、長剣を高く掲げて俺たちを睨みつける。
その後ろからローブ姿の男と軽装の女が入って来ていた。ローブ姿の男は杖を持っており、魔法使いであることが分かる。扉を開ける際、攻撃を仕掛けてきたのも彼だろう。扉の先に敵がいることに気付いていながら、先制攻撃のために気付いていないふりをしていたに違いない。
女性は簡素な皮鎧を身にまとい、大事な部分は守っているもののやや露出が多い印象を受けた。やや小ぶりな剣を腰から下げているが、今は弓を構えていた。軽戦士として、状況に応じて前衛と後衛を切り替えるのだろう。今回は敵が一匹であることから、前衛を男戦士に任せて後衛に回っているようだった。
男戦士が間近に迫り、彼が剣を振りかぶる。
その瞬間、俺の身体が跳躍した。地面と戦士の姿がみるみる遠ざかり、天井が近付く。ケルベロスの跳躍は、戦士を軽々と飛び越えていた。
「しまった!そっち行ったぞ!」
「・・・え?」
男戦士の叫びに女戦士の戸惑いの声が響く。その間にも俺の身体は女戦士の正面に着地していた。慌てて弓を落とし、剣に持ち替える女戦士に俺の身体が腕を振るう。
「きゃーーー!!」
「恵理!!」
女戦士が跳ね飛ばされた。その間に俺は魔法使いへ向けて魔法を放つ。炎が噴き出し、魔法使いを包み込む。
「ぐあああ!」
「直人!畜生!」
男戦士が悪態をつきながら俺たちの方へ駆け寄ってくる。だが、魔法使いは盾を張っていた。見た目ほどのダメージは受けていないのではないだろうか?
俺の身体が反転する。巨大な身体からは想像できないほどの素早さで身体が回ったのだ。視界の中で部屋の壁が高速で流れ、俺はまた酔いそうになる。早くこの感覚に慣れないと・・・。
向かってくる戦士に向かってベベが炎の息を吐き出す。「ごーっ!」と言う音とともに、ベベの口から炎が出て戦士を包み込んだ。
だが、戦士は怯まない。盾をかざして炎を受けた。盾に耐性がかかっているのだろう。炎に包まれながらも、戦士が雄叫びを上げながら剣を振りかぶる。
ベベが舌打ちすると同時に、身体が右に回った。
え!?
俺は目を見開いた。身体が右に回ったことにより、俺の目の前に剣を振り下ろそうとしている戦士が来たのだ。
『おいぃ!?』
思わず抗議の声をベベに向けながら、首を思いっきり曲げて剣の軌道から逃れる。戦士の剣が頬を斬った。浅く血が飛ぶ。
「きゃん!」
「くそ、さすがに硬い!」
俺の吠え声に戦士の悪態が続いた。確かに、俺の皮膚はかなり硬い。洞窟で全速力で壁に激突させられた時も、浅い傷だけで済んでいるのである。それでも皮膚が斬られたところをみると、戦士の持っている剣には何らかの魔力が込められているのだろう。
俺の身体は一度部屋の奥へと走り、戦士と距離をとる。その間にも俺は戦士に向けて魔法を放つ。炎は盾で防がれていたので、電撃の魔法に変えた。
俺が魔法を放つ直前、魔法使いが杖を振り、戦士の身体が淡い光に包まれた。その直後に電撃が戦士を打ち、戦士が叫び声を上げる。だが、魔法使いが張った耐性のため、決定打にはなっていない。彼らは連携ができている、と思った。
と、俺の身体が再び右に回った。嫌な予感がするまでもなく、俺の目の前に矢が迫っている。
「!?」
再び首を曲げようとするが、間に合わず、矢が鼻背に刺さった。
「きゃうん!」
危ない。目に刺さったらただでは済まなかっただろう。鼻背でも、充分痛い。
『ベベ、なんで右に身体を曲げるんだよ!?』
俺は思わずベベに文句を言う。
『いや、悪い悪い、つい癖で』
癖って・・・。俺にとってこの癖は洒落になっていない。
『逆に回せよ。ケルケルがタンクだろ!?』
『えー、痛いの嫌だよ』
・・・こいつ。
結局、ケルケルは最初に耐性を張った以外、何もしていない。
そう言えば、彩苗と一緒に戦っている時も、ケルベロスは攻撃を加えると右に身体を回す癖があったのを思い出した。左の首の魔法が厄介だったこともあり、先に左の首を落とすことにしたのである。
と言うことは・・・。
「魔法が厄介だ!左から落とすぞ!」
戦士の声に、冷汗がにじみ出る。
このままだとやられるんじゃないか?俺・・・。