11.4 正体
ベベが飛びかかろうとした姿勢のまま、固まっている。
俺もきょとんとしていたことだろう。
今の言葉、誰が・・・?
「おい、どうした?今更怖気づいたのか?」
悠雅が挑発する。
彼にはさっきの言葉は聞こえていない。ということは、さっきの言葉は俺たちの頭の中に響いてきたことになる。
『十カウント後にやつの無敵を解除するから確実に仕留めるんじゃ』
やけに独特な喋り方をする何かが、俺たちに攻撃を促している。
いや、しかし・・・。
信じていいのか?
今の言葉からすると、この声の主は管理者なのだろう。
管理者は魔王で魔王がやられたことで管理者も消されたと思い込んでいたのだが、違ったのか?
『行くぞ』
『ま、待て。管理者なのか?』
『え、ご主人様?』
ああ、ややこしい。
だが、声は短く答える。
『それは後じゃ。怪しまれたら終わりじゃ。行くぞ』
再度促してくる。
俺は必死に考えを巡らせる。
悠雅が何らかの方法で俺たちの頭の中に声をかけている可能性は?
いや、それは低い。今までの振舞いから、俺たちが頭の中で会話をしていること自体、気付いているようには見えない。
じゃあ、この声はどこから、どうやって俺たちに語り掛けている?
頭の中での会話はケルベロス、という共通の身体を持っているからこそ、成り立っているのだと考えている。
となると、三つの首の他に、言葉を持つ何かが棲み付いて・・・。
『あ!』
『分かった!』
俺が思わず発した呟きに彩苗の言葉が重なった。
そうだった!
俺たちの身体には、もう一つ、頭があったじゃないか。今まですっかり忘れていた!
『十!九!』
『え?え?え?』
始まったカウントにベベが慌てたような声を出す。
『信じるんだ。攻撃を仕掛けるぞ!』
『わ、分かった!』
ベベも覚悟を決めた。
「うー!!」
唸り声を上げ、低くした姿勢から重心を後ろにずらして飛びかかる準備をする。
それを悠雅は冷笑を浮かべて眺めている。
『五!四!』
この声がもし悠雅の罠だったら、この攻防で俺たちは負けるだろう。だが、仮にそうだとしたらどちらにせよ、俺たちにできることは残っていないのだ。だったら、賭けるしかあるまい。
俺も覚悟を決め、魔法を準備する。
『二!一!』
ベベが飛びかかった。
悠雅は歪んだ笑みを浮かべたまま、俺たちを待ち受ける。俺たちに攻撃させたところを討ち取ろうとしているのだ。
悠雅の目の前まで来ても彼が悠々と待ち受けていることに不安を感じる。やはり罠?いや、不安がっていてはダメだ。管理者の正体が俺の考え通りだとしたら、これが悠雅に勝つ唯一のチャンスになるだろう。
ベベの牙が悠雅の肩に食い込んだ時、初めて悠雅の表情が崩れた。驚愕と苦痛が入り混じり、叫び声が上がる。
「うああああ!?」
彩苗が彼の反対側の肩に喰いつき、俺の放った電撃が悠雅を包み込む。
「ぐうああ!」
確実に効いている。
が、まだ悠雅は気絶すらしていない!
ベベと彩苗がとどめを刺そうと、肩に食らいついたまま、首を振り始めた。食いちぎろうとしているのだ。
だが・・・。
『ダメ!』
『手応えが!』
『離れるんじゃ!!』
彩苗、ベベ、管理者の声が順番に響くと、ベベと彩苗が悠雅から首を離した。ほぼ同時に悠雅の腕がぶんぶんと振り回される。
俺たちの身体が飛び退ると、悠雅は床を転げまわり始めた。両肩からおびただしく血が流れ、服が焦げて煙が上がっている。
「畜生!痛ぇ!痛ぇ!!」
無様に叫ぶ悠雅を前に、俺たちは失敗したことを痛感していた。
悠雅を倒すどころか、気絶すらさせることができなかったのだ。
『すまん!完全には無効にできんかった・・・』
管理者の申し訳なさそうな声が響く。無敵を解除したものの、防御が残っていて充分なダメージが通らなかったということだろうか。
『もう一度できないか?』
俺は管理者に訊く。手の内がばれた以上、次は悠雅も対策をしてくるだろう。それでも、彼は既に深手を負っている。勝機は充分にあると思ったのだ。
『やってみるが、ウイルスの影響が大きいんじゃ。少し時間が・・・』
管理者の声が止まった。
俺たちもぎょっとして悠雅の身体を見る。
悠雅の身体が淡い輝きに包まれ始めていた。
この輝き、見覚えがある。帰還の魔法を使う時の、あの輝きだ。
とすると・・・。
『いかん!長距離転移を使おうとしておる』
長距離転移・・・。魔法ではなく、座標移動を使おうとしているのだろう。短距離なら瞬時に発動する座標移動も、長距離になると発動まで時間がかかるらしい。
だが、手詰まりになりかけていた。
これで手の届かないところに逃げられ、回復されたら、おそらくもう勝てない。それに、ウイルスが広がればそれだけ悠雅の力が強くなり、反対に管理者の力が弱くなる。
何か・・・、何か方法は・・・。
躍起になって周りを見回した俺は、床に転がる何かに気付いた。魔王が弾けた場所に球状のものが落ちている。
あれは・・・。
記憶の中に浮かぶ。俺と彩苗が冒険者として魔王に対峙した時、冒険者だった俺が最後に見た光を放つ何か。
魂転がしの秘宝!
反射的に俺はそれを咥え、高く掲げるように首をめいっぱい伸ばした。
悠雅が使おうとしている座標移動が帰還と同じような長距離転移なら、もしかして・・・!
俺の希望を叶えるように、口に咥えた秘宝が強い輝きを放った。




