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ケルベロスの首事情  作者: 蒼井絵宇
第11章 管理者
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11.3 暴君

 視界が回転するような錯覚を感じ、首を振る。


 まずい、最悪だ。


 頭の中をこの二つの単語がぐるぐると回っている。

 不正チートに唯一対抗できそうな管理者マスターを失ってしまった。

 しかも、判断の遅れが響いた。おそらくウイルスを使って管理者マスターの権限を縛ったのだろう。炎をぶつけるのがもう少し早ければ・・・。後悔の念が渦巻いている。

 ベベが身体を動かし始めた。よたよたと魔王の身体のあった場所へと歩む。そこには魔王の姿はなく、床に黒い染みができているだけだった。

 男が冒険者の方へ悠然と歩き始めた。彼がわざと俺たちの方に身を寄せると、ベベはおびえるように進行方向をずらす。すると、男は小ばかにしたような視線を俺たちに送った。

 ベベが嘆きの声を上げる中、俺たちの背後から男の声が聞こえて来た。

「どういうつもりだ!お前ら!」

 響く罵声に、ベベが驚いたように身体の向きを変えた。

 男が身体を軽く反らせ、冒険者たちにさげすむような視線を送っている。

「あのくそ犬を抑えとけって言っただろうが!余計な傷おっちまったじゃねえか!!」

 高圧的な声が響く。冒険者たちの表情が険しくなった。

「なんだぁ?俺に逆らうってのか?分からせて・・・」

 不意に男が言葉を切った。男の首が動き、次の瞬間、場違いな口笛が響いて俺は眉をしかめる。

「ずいぶん可愛い子連れているじゃぁねぇか。軟弱の癖にいい御身分だなぁ!?」

 日葵ひまりが小さく悲鳴をあげ、茜が日葵をかばうように前に出た。

「俺、悠雅ゆうがってんだ。こんな連中放っておいて俺と一緒に行こうぜ?楽させてやるよぉ?」

 突然の猫撫で声に俺は背筋がぞわっとするのを感じた。悠雅ゆうがと言う名前から来るイメージからは程遠い。

「こ、断るです」

 日葵の声が震えている。

「なんだよ、こんなひ弱な連中のどこがいいんだよ?」

「弱くないです!インチキで強く見せようとする方が、よっぽど弱いです!」

 日葵が語気を荒らげると悠雅は明らかにひるんだ。そんな彼に卓が歩み寄る。

「お前のインチキのために皆迷惑しているんだ!」

「・・・なんだと?」

「おかしくなってるんだよ!この世界から抜けられないし、復活できないし、だか・・・」

 悠雅がにまっと笑うのを見て卓が言葉を切った。

「ほぉーう、そんなことになっていたのか」

 卓の表情に悔恨が浮かんだ。卓は自分の失敗を悟っていたことだろう。悠雅に与えてはいけない情報を与えてしまったのだ。

「なあ、俺に従えよ」

 悠雅はあやすような声を女性二人に向けた。

 日葵がぷるぷると首を横に振る。

「い、いやで・・・、やっ!?」

 突如、日葵が声を上げた。

 悠雅の姿が掻き消えたかと思うと、日葵の目の前に彼の姿が現れ、両手を伸ばして彼女の豊かな両胸をつかんだのだ。

「おお、やわららけぇ」

 悠雅の陶酔とうすいしたかのような声が腹立たしい。

「てめぇ!!」

 卓が怒声を上げ、悠雅へと走り寄ると、悠雅の身体を掴み、日葵から引きはがす。そのまま卓は悠雅の身体を突き飛ばした。悠雅は床に尻もちをつくと、顔に怒気どきをみなぎらせた。一方、日葵は両手で胸を覆いながら、その場にペタンと座り込んだ。彼女の身体が大きく震えている。

「俺に逆らっていいのかぁ!?」

 悠雅の怒鳴り声にひるむことなく、卓が悠雅の身体を掴む。

 が、今度はダメだった。悠雅を掴む手に力を込めても悠雅の身体はびくとも動かなくなっていたのだ。

「弱いやつは弱いんだよ」

 再び悠雅の顔に歪んだ笑顔が浮かんでいる。鬱陶うっとうしい・・・。

「またインチキを!」

 卓が悔しそうな声を出す。悠雅は冒険者からの攻撃を遮断する処理をしたのだろうと想像がついた。

 悠雅が卓をにらみつける。

「さっきからうぜぇんだよ。インチキインチキってよぉ!」

 彼の両手が卓の首を掴んだ。そのまま首を絞め上げる。

「うぐっ!?」

 苦しそうな声に、悠雅の表情が歪んだ。

「いいのかぁ?ここで死んだら、どうなるのかなぁ?」

 ねちゃっとした声が響く。

「や、やめて、やめてよ・・・」

 震えた声を出したのは茜だった。

 悠雅が歪んだ顔を茜に向ける。

「ただやめてって言って、俺が聴くと思ってんのかぁ?」

 茜が震える息を吐き出した。彼女は今、覚悟を決めようとしていた。自分の身を捧げる覚悟を。

「い、言うこと、聴くから。何でも、す、するから。この世界、も、戻して・・・」

「おい、茜・・・、うぐっ!」

「お前は黙ってろ!」

 悠雅が手に力を込め、卓が苦しそうな声を上げた。

 にちゃっとした粘着質な笑みが浮かぶ。

「悪くはねぇなぁ」

 にやにやと茜の身体を舐め回す。


 いや、ダメだ・・・。


 俺は絶望感とともに悟っていた。おそらく、この男はこの世界を戻さない。茜が言うことを聞こうが聞かなかろうが、この世界の権限を手に入れたら、悠雅はこの世界を好きにできる。言ってみれば、この世界の神として君臨することができる。たった今、この世界に悠雅と言う暴君が誕生しようとしているのだ。

「よぉし、じゃぁ、ひとまず脱いでもらおうか」

「っ・・・」

 悠雅が茜の身体を舐め回しながら言う。だが、それだけではなかった。

「そっちの女もだ」

「!!」

 粘つくような視線を向けられ、日葵がびくっと身体を震わせた。

「ちょっと!この子、中学生よ!」

 茜が非難するような声を上げる。

「この世界じゃ関係ないだろぉ?それとも、俺が切り刻んでやろうか?」

「あ・・・、あ・・・」

 日葵の呼吸に泣き声が混じった。

 

『あの野郎!!』

「ぐぁーーーーー!!」

 ベベが怒声とともに身体を動かした。悠雅へと突撃をかけたのだ。

「うお!?」

 ケルベロスの吠え声に悠雅が吃驚びっくりしたように卓を離し、慌てて俺たちの方に身体を向けた。

 そんな男の身体が見る間に近付き。ベベの牙が男の頭に突き刺さる。

「・・・ふへへ」

 悠雅の歪んだ笑い声に、ベベがびくっとして首を引く。無傷の男の顔が表れた。悠雅は呆れたような、小ばかにしたような表情を俺たちに向けている。

「くそな上に馬鹿犬かよ」

 言いながら拳を突き出す。

 ベベは飛び退くが、一瞬、遅れた。指がベベの眉間みけんかすめ、鮮血が舞った。

 俺たちの身体は悠雅から二歩分下がったところに立ち、威嚇いかくするようにベベが唸った。

 悠雅はやれやれと手を振る。

「無駄なのが分からないとはねぇ。お望み通り、先にぶっ殺してやる」

 それから彼は視線を後ろに向けた。

「俺に従わないとどうなるか、よぉく見ておけよぉ?」

 二チャッとした笑い声を上げる。

「ううーー!!」


 どうすればいい?どうすれば・・・。


 絶望的だった。いくらベベに戦う意志が残っていても、これでは戦いにならない。ダメージを与える術がないのだ。

「ほら、どうした?かかってこいよ」

 悠雅は手で招くポーズをして見せる。挑発しているのだ。

 せめて俺たちが攻撃を受けるリスクを減らすべきだろうか?ベベが攻撃したら悠雅が反撃するより早く、吹き飛ばすか?でも、これが効果なかったら・・・。

 ベベが身を低くする。とびかかろうとしているのだ。

 くそっ・・・。

 俺が魔法を準備し、ベベがとびかかろうとしたその時、声が聞こえた。


『よーし、気付かれておらんな。チャンスじゃ』


 ・・・・・・・・・え?


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