11.2 無敵対無敵
戦いは始まっていたものの、事態は膠着しているようだった。
俺たちに背を向けて不正の男が立っている。扉を押し開けて飛び込んだにも関わらず、俺たちに気付いていないようだった。
魔王が魔法を放ち、雷撃が男を包み込む。が、男は平然と魔王に歩み寄り、魔王を殴りつけた。ベベが息を呑むが、魔王もまた、平然としている。男は舌打ちすると、距離をとった。
魔王洞に乗り込んだ俺たちだったが、それからどうすればいいか分からなかった。不正の男は相変わらずその不正により無敵になっていたが、魔王もまた、あらゆる攻撃を無効化しているようだった。
その様子を見ていて、もしかして、と思う。俺と彩苗が魔王に挑んだ時、魔王にはあらゆる攻撃が通用していなかった。その後、俺が意図せずケルベロスの左首に移されたことを考えると、この時点で既に感染が発生しており、安全装置として魔王が無敵化していたのではないだろうか?
そう考えると辻褄が合うし、魔王が管理者である可能性は高い。だが、疑問が残る。その状態で俺たちと戦っていたとしたら、あまりにも理不尽ではないか?
「くっそ、面倒臭えなぁ・・・」
男がぼやき、きょろきょろと余所見をして、俺たちに気付いた。
「なんだ、くそ犬、追ってきたのかよ」
歪んだ表情を俺たちに向け、ベベが苛立たしそうに唸った。
「ふん」と鼻をならす。彼の身を魔王が放った炎が包み込むが、男は煩わしそうに首を振っただけだった。
「邪魔すんじゃ・・・、お?」
男は言葉を切って視線を俺たちから動かした。
俺たちの後ろから仲間たちが入ってきていたのだ。
それに対して、男は馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「わざわざこんな迷宮、大真面目に抜けてきたのか。ご苦労なこった」
それから俺たちに視線を戻す。
「でもよぉ、なんかこの魔王、インチキしているみたいだぜ」
ベベが唸る。
「うー!」
『インチキなのはてめえの方じゃねえか!』
ベベの言葉は男には届かない。男は再び鼻を鳴らした。
「魔王は俺に任せて、お前らはこのくそ犬と遊んでな。邪魔させるんじゃねえぞ!」
吐き捨てるように言うと、男は魔王に向き直る。
「ううー・・・」
ベベが悔しそうな声を上げた。おそらく冒険者の仲間たちお苛立っていることだろう。いちいち癪に障る物言いをする男である。
だが、実際の問題として、俺たちは魔王と不正の男の戦いに割って入ることができなかった。下手に手を出したところで、足手まといにしかならないだろう。
だが、お互いに攻撃が通らない現状、どうなるというのだろう?
疑問に思ったその時、「びしっ!」という音が響き、俺はびくっとして視線を送った。
見ると、魔王のマントの肩の部分が破れている。そこからは血の代わりに黒い霧のようなものが噴き出していた。瘴気だろうか?
『えっ・・・』
ベベが言葉を失う。
いや、魔王だけではない。男の方もシャツが破れ、血が滲んでいた。
「畜生!痛ぇ!痛ぇなぁ!」
傷の程度からすると、やたら大袈裟な怒声が響く。
魔王から雷撃が放たれるが、それは男に何のダメージも与えなかった。
だが、続けて放たれた風の刃は男の脇腹を掠め、出血を引き起こした。
一方、再度悪態をつきながら男が指を突き出す。それが魔王の腹に刺さると、そこに小さな穴が開き、黒い霧が噴き出した。魔王はわずかに表情を歪めただけだったが、代わりにベベが唸り声を上げる。
何が・・・、起こっているんだ?
いや、何となく、分かる。
おそらく、無敵の解除かダメージが通る処理とその処理の無効化とをお互いにぶつけあっているのだろう。目に見えないのが厄介である。
『おい・・・、今なら攻撃できるんじゃないか?』
ベベが戸惑ったような声を出す。彼にはなおさら、状況が飲み込めていないことだろう。男が傷ついたことに一縷の望みを抱いているのだ。
『難しいかな』
答えたのは彩苗だった。
『なんで?』
ベベが苛立った声に俺が説明を試みる。
『攻撃通じてない時もあるだろ。無敵が外れる瞬間じゃないと通らないみたいなんだ』
『うー・・・』
俺たちが頭の中で会話を交わしている間にも、戦闘は進んでいる。
見た目には何とも地味な戦闘である。
魔王が放つ魔法自体は華やかなのだが、その半分は効果を表さず、残りの魔法も見た目ほどには傷を与えていない。
一方、男の方はと言うと、ひたすら殴りかかっていた。もう武器は使おうとさえしていない。ほとんど魔王に組み付いた状態で、拳を入れる。魔王に組み付くのは想像もつかなかった。周囲を強い瘴気が覆っており、まともな冒険者なら、必要以上に間合いを詰めていられない。だが、瘴気をそもそも無効化しているのだろう。組み付くことで、男の拳は避けられることなく魔王に刺さっていた。時折、魔王の無敵が無効化されると、拳が魔王の身体に刺さり、黒い霧が噴き出す。
やや魔王が押されているように見えた。
男が受ける傷が擦り傷なのに対して、魔王は身体に突き刺さるレベルの傷を受けている。
魔王が、負ける?
再びベベが唸った。
このままではまずい。魔王はこの世界を正常に戻し、不正に対抗するための最後の切り札だ。魔王が倒されたら、俺たちはどうなる・・・?
『ねえ、仕掛けよう!』
『・・・え?』
彩苗の提案にベベが驚いた声を出して首を彼女に向けた。
『多分、だけれど、タイミング合わせられそうだよ』
『本当か?』
『うん、さっきから一定のリズムでダメージが入っているみたい』
彩苗は男にダメージが入る間隔をカウントしていたらしい。
俺は称賛の目を向けようとしたが、ベベの顔しか見えなかった。
『十カウントで行くよ!十、九・・・』
彩苗がカウントを始めると、ベベが身を低くした。突撃をする準備である。視点が下がり、地面が近付く。俺も、攻撃に参加すべく、魔法を準備する。
『四、三・・・』
ベベが走り始めた。カウントとともに、あっという間に男の傍へと走り寄る。
『二、一!』
ベベの牙が男に食い込み、炎が男を包む。同時に、魔王の電撃が男を打った。
男の肩から血が噴き出し、皮膚の一部が焼けこげる。
「ぎゃああ!!痛い!痛い!畜生!!」
叫び声を上げながら、魔王から離れる。
彼は俺たちの背後にいる冒険者たちを睨みつけた。
「何やってんだ!この軟弱野郎!くそ犬一匹相手にできないのかよ!」
それから俺たちを睨んでから魔王に視線を戻す。
「こうなったら!」
・・・え?
嫌な予感を覚えた次の瞬間、魔王と俺たちの周囲に散在していた細胞が一斉に弾けた。
『・・・な!?』
中から飛び出した黄色い液体が、意思を持っているかのように魔王と俺たちの身体へと飛来する。俺たちの身体は空気の障壁に守られて液体は付着しなかった。
男が俺たちに視線を送り、舌打ちをした。
「小癪なことしやがる。でもよぉ、自分の身だけ守っていていいのかぁ?」
・・・まずい。
魔王の身体は粘性を帯びた液体に包まれていた。黄色く輝いていないところを見ると、感染はしていないらしい。
だが・・・。
男が魔王に近付いていくのに対し、魔王は身動き一つせず、魔法を放とうともしなかった。まるで黄色い液体に絡めとられて動きを封じられているかのように。
ベベが唸り声を上げて男に咬みついた。
だが、傷一つ付けることはできない。男が鬱陶しそうに俺たちを向いて拳を振り上げ、ベベは慌てて飛び退いた。
「邪魔すんな!そこで見てろ!」
『畜生!畜生!』
ベベが悔しそうに叫ぶ。
そんな俺たちを一瞥すると、男はゆっくりと魔王を振り向いた。
俺は急いで魔法を放つ。
火炎が魔王を包み込み、その身にまとわりついた液体を蒸発させる。
だが、間に合わなかった。
男が手刀のようにまっすぐ拳を魔王に突き入れた。
それは魔王の胸を貫いた。背中から男の拳が突き出ているのが見える。
拳が抜かれると、黒い霧が衝撃波のように激しく噴出し、たまらない数瞬の後、魔王の身体が弾けた。
あっけない・・・。あまりにもあっけない魔王の最期。
「わぉーーーーーーん!!」
ベベの悲痛な叫びが魔王洞を満たした。




