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ケルベロスの首事情  作者: 蒼井絵宇
第10章 下層
42/52

10.5 献身

 グレアの使った魔法が何か、すぐには分からなかった。

 普段あまり使わない魔法だったためである。

 それは冒険者たちも同様だったらしく、咄嗟とっさに反応できずにいる中、ベベだけがそれに反応した。

『まずいっ!』

 ベベが叫ぶや、身をひるがえす。

『・・・え?』

 俺が戸惑いの声を上げたその瞬間、俺たちの頭上を悪魔の影がよぎった。

「しまった!」

跳躍リープか!」

 明人と卓の慌てた声が背中から聞こえてくる。

 グレアが唐突に戦術を変えたのだと分かる。彼は跳躍力を高める魔法を使い、俺たちの身体を飛び越えて後衛に攻撃を仕掛けたのだ。悪いことに広間の天井が高く、俺たちを飛び越えるだけの充分な隙間があった。

 突然の戦術転換に冒険者たちの対応が遅れる中、それに唯一反応できたのがベベだった。

 俺たちを飛び越えたグレアに、茜と雅也がそれぞれ剣とメイスを向ける。日葵ひまりは彼らの後ろに回った。

 グレアは雅也を左手で殴り飛ばしながら、茜に向けて魔法を放った。圧縮した空気の塊をぶつけたのだ。雅也と茜は跳ね飛ばされ、壁にたたきつけられて悲鳴が上がる。

 そんな悪魔に俺たちが後ろから攻撃を仕掛ける。

 ・・・が、グレアはそれも想定していた。

 彼はその場でくるりと回転しながら、右手に持った槍を振るったのだ。

『ちぃ!』

 ベベが悪態をつきながら回避行動をとる。槍はベベと彩苗さなえの首の間をかすめた。

 俺は魔法を放つが、ワンテンポ遅く、攻撃を終えたグレアは俺の魔法をなんなくかわす。

 ベベは次の攻撃を警戒し、グレアに対して間合いを取り、身構える。

 が、これは結論から言うと、失敗だった。

 グレアは俺たちの動きを牽制けんせいすると、すぐに身をひるがえした。彼の狙いは最初から日葵ひまりだったのだ。

『な、こいつ!』

 ベベが慌てた声を発し、グレアに向けて駆け出すが、ダメだ、間に合わない。

「日葵!逃げろ!」

 卓の声が飛ぶ。だが、素早いグレアから、ローブ姿の日葵が逃げ切れるとは到底思えなかった。

 日葵にもそれは分かっていた。彼女はおびえた表情に覚悟を浮かべ、魔法を放つ。

 光の柱がグレアを貫いた。彼女の使う魔法の中で最も攻撃力の高い魔法。射程距離が短いため、普段あまり見る機会のない魔法だった。

「ぐおおおお!!」

 グレアが叫び声を上げる。かなりのダメージを与えたようだったが、ダメだ、グレアは倒れない。

 グレアの槍がきらめき、日葵は目をぎゅっと閉じた。

『日葵!!』

『日葵!!』

 俺と彩苗さなえの叫びが重なる。

 次の瞬間、

「きゃっ!?」

 日葵が驚いたような声を上げた。

 そこには明人がいた。彼は全速力で日葵に向かうと、そのままの勢いで彼女に体当たりをしたのだ。日葵はよろめき、グレアの槍の軌跡から外れた。だが、グレアは狼狽うろたえることなく、狙いを明人に切り替える。そして、明人は体当たりをしたことで体勢を崩しており、攻撃を避けることも、受けることもできなかった。


 スローモーションのように、やけにゆっくりと槍が動き、明人の胸へと吸い込まれていく。それを止めたいのに、俺たちの身体もじれったいくらいにゆっくりとしか動いてくれない。

 明人の身体の反対側から槍が突き出るのが見え、その光景にもやがかかった。

「あっ・・・、あっ・・・、あっ・・・」

 日葵の震える声が聞こえる。

 次の瞬間、日葵の叫び声が広間に響き渡った。

「いやああああああああ!!!!」


  ***


『明人ーーーー!!』

『やだ!やだ!』

 叫び声を上げる俺と彩苗に向けて、ベベの叱責がとんだ。

『落ち着け!まだ終わってない!』

 その声に俺たちははっとする。そうだ、まだグレアは倒れていない。

『私!あの槍を拾う!』

『応!』

 彩苗の言葉にベベが肯定の返事をすると、グレアの左側面へと走る。そこには明人の手から落ちた槍があった。彩苗は切っ先が右側を向くように、槍をくわえると首を振りかぶった。彩苗の右側にグレアの身体がある。明人の槍でグレアを貫こうとしているのだ。

 当然、グレアもその動きに気付いていた。彼は明人の身体を貫いた槍を引き抜こうと力を込める。

 その時、明人の両手が動いて自身を貫いている槍を握りしめた。

「うおおおおおお!!」

 明人は槍を抜かれまいと力を込め、苦痛を伴う叫び声を上げる。

 予想外の抵抗に、グレアは一瞬戸惑った。そして、それが彼の反応を決定的に遅らせることになった。

 俺が魔法を放つと、彩苗の咥えている槍が赤く輝き、切っ先から炎が上がる。そして、それを彩苗がグレアの身体へと深く、深く突き立てた。

「ぐああああ!!」

 断末魔が、上がった。


 ようやく、グレアが倒れた。明人の槍を受けたまま、魂を失った悪魔の身体が広間へと倒れ、地面が震えた。

 それから少し遅れて、明人の身体が倒れた。彼はグレアの槍を両手でつかんだまま、横倒しになり、ばたんと音を立てる。

 戦いのとよみが収まると、俺たちと冒険者が吐き出す荒い息の音だけが広間に響いた。その息の音が震えている。

 冒険者たちが明人の身体へと集まる。

 雅也が明人に治癒ヒールをかける。明人の胸を槍が貫通し、そこから大量の血液が噴き出していた。雅也が魔法をかけるとその出血が収まった。


 だが、明人の身体は動かない。


 日葵が涙を流しながら、明人を貫く槍を引っ張る。すると、明人の両手が力を失って地面へと落ちた。

 雅也の魔法のおかげで槍を引き抜いても、明人の身体から新たな出血はなかった。


 だが、明人の身体は動かない・・・。


「やだ・・・、やだ・・・」

 日葵が明人の身体を揺さぶるが、彼の身体は人形のように、日葵の手の動きに合わせて揺れた。

 それは、彼の身体が魂を失っていることを示していた。

「明人!明人ぉーーーーーー!!」

 日葵の泣き叫ぶ声を皮切りに、広間を冒険者たちの慟哭どうこくが埋め、そこに俺たちの遠吠えが乗った。

「わぉーーーーーん・・・」


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