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ケルベロスの首事情  作者: 蒼井絵宇
第10章 下層
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10.4 苦闘

 俺たちはすぐには広間に出ることができなかった。

 扉前の広いとは言えない通路、後退した卓めがけて、グレアが突進してきたのだ。

 巨大な槍がきらめく。

「!!」

 受ける危険は冒せなかった。卓は通路の端に身を寄せるようにして槍をかわす。剣で槍を叩こうと試みたが、グレアの速度はそれを圧倒した。

 両手で構えていた槍を右手に残し、左手で卓を殴りつけたのだ。

「うわっ!?」

「卓!?」

 卓は弾き飛ばされ、茜の悲鳴を帯びた声がそれを追う。

 俺たちの身体の上を卓の身体が飛び越えた。

「まずい!」

 俺の後ろから明人の焦燥の声が聞こえた。

 今、俺たちの身体の前には茜、そして卓に防御の魔法をかけていた雅也の二人しかいない。この二人ではグレアの攻撃を防ぎきれない。

 ここは・・・。

『ベベ!』

 俺は声をかけたが、その時、ベベは既に行動を開始していた。

「わぉーーーん!」

 ベベが大きくえる。それは茜と雅也に向けられたものだった。

 二人が通路の端に身を寄せる。

 ベベはその横を猛然と駆け抜けた。

 グレアが槍を両手で持ち直し、構える。

『私が!』

 彩苗さなえの言葉にベベが軽く身体を左に振り、彩苗さなえの首を前に出す。


 いや、それはリスクが大きすぎる!


 グレアが小さく笑みを漏らし、槍を突き出す。

 それに合わせるように、俺が魔法を放った。空気の塊をグレアの左半身にぶつけたのだ。

 右に槍を構え、突き出そうとしていたグレアは不意を突かれた。

 俺の放った空気の塊がグレアの身体を大きくよろめかせた。身体が左に回り槍がそれる。

 そこに、身体の向きを戻したベベが突っ込んだ。

 ベベはみつかない。首を舌に向けて頭を前に出し、突撃の勢いのまま、力いっぱいグレアを突き飛ばした。

「うお!?」

 グレアが驚愕の声とともに広間の中へと飛ばされる。

 俺たちはそれを追うように広間へと走り込み、仲間たちが後に続いた。

 これでようやく態勢を整えることができた。

 グレアの正面に俺たちが陣取り、その左右に卓と明人が立つ。茜、日葵ひまり、雅也の三人は支援のため、俺たちの後ろに位置した。

煌太こうた、ありがとう!』

『何が?』

『私、危なかったかも』

『いいフェイントになったさ』

 短く意思を通わせる。結果的に、ベベが身体を左にふってくれたおかげで、俺の魔法が相手に気付かれなかったのだ。

 黄色く輝く魔将は俺たちをにらみつけ、再度、雄叫おたけびを上げた。

「ぐおおおおおお!!」

 空気がびりびりと震える。グレアはしゃべれるはずである。魔王が招集した会議では言葉を発していた。

 だが、今、グレアは言語をかなぐり捨てたかのように一言も発することなく、俺たちに向かっていた。


  ***


 ようやく態勢を整えた俺たちだったが、楽になったわけではない。それほど、グレアは強かった。

 おそらく、通常でもその強さはケルベロスに勝ることだろう。それが、感染によって凶悪化しているのだ。

 前衛の二人と三首は何度も跳ね飛ばされた。

 グレアはすさまじい速さで槍を構え、卓へ攻撃を仕掛けた。感染によって強化されているグレアの槍の攻撃を受けるわけにはいかない。そこで、身をひねって槍をかわすのだが、その次の瞬間、卓はグレアの腕によって殴り飛ばされた。

 無論、その間に明人とベベが攻撃を仕掛ける。明人が剣で斬り付け、ベベが敵にみつく。俺も魔法を撃ち込む。

 敵は魔法の盾を張って俺の魔法を受けながら、俺たちの身体へと蹴りを放つ。咄嗟とっさ彩苗さなえが前に出て敵の蹴りを受けるが、受けきれず、俺たちの身体が飛ばされた。

「きゃん!」

 彩苗の悲鳴が響いた。

 明人は一度攻撃を中断し、グレアに槍を向けたままにらみ合う。茜の放った矢と日葵ひまりの放った魔法が援護した。

 グレアは魔法を防ぎ、矢は身体で受けた。忌々しそうに唸り声を上げる。

 グレアの攻撃が明人に向かう間に、卓と俺たちが前衛に戻る。雅也が卓に回復と防御の魔法をかける。


 しばらくの間、戦いはこんな調子で進んでいた。

 グレアに少しずつ傷を負わせていく一方、俺たちの体力、魔力、そして何より集中力が削られていく。

 一時も気を抜けなかった。

 前衛が槍の攻撃を受けても、前衛に穴が開いて後衛が攻撃されても、パーティは壊滅する。倒されたら復活できないし、不正チートの男が迷宮を進んでいる現状、帰還リターンで撤退することもできない。

 そんな重圧を受けながらも、俺たちは必死にグレアへ攻撃を仕掛けていった。

 彼は身体のあちらこちらに傷を受け、血液を飛び散らせている。

 俺たちの方も満身創痍まんしんそういではあるが、崩れてはいない。


 これは、いける?


 そう思ったその時、グレアの身体が魔法の光に包まれた。


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