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ケルベロスの首事情  作者: 蒼井絵宇
第10章 下層
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10.3 魔将

 迷宮を進む俺たちの足取りは重い。

 今まで以上に慎重にならざるを得なかった。

 あれから幾度か戦闘があったが、そのたびに苦戦をいられた。どの敵も動きが速く、攻撃が重い。卓や明人に防御の魔法をかけてどうにか吹き飛ばされるのを防ぐ。俺たちも空気の障壁(エアフィールド)を張り続ける必要があり、攻撃魔法と防御魔法を同時に使うことができないことが重荷になっていた。

 敵が一体ならまだしも、複数の敵と遭遇すると、壊滅するのを防ぎながら一体ずつ処理していく必要があった。

 不意打ちをくらいでもしたら、一瞬でパーティが壊滅しかねない。その上、倒されたら復活できないのだ。どうしても慎重にならざるを得なかった。

 一歩一歩、足音や敵の気配を探りながら進み、扉の前では不意打ちに警戒しながら罠の解除と開錠を確実にこなす。迷宮を進むにつれ、目に見えてパーティは疲弊していく。

 ベベも歩みの遅さに文句を言うことはなかった。

 不正チートの男の動向も気にはなるが、とても気にしている余裕はなかった。

 幸い、下層後半は入り組んだ迷宮になっていて、枝道や分岐が多い。既にいくつかの分岐点でルート選択をし、分岐点を抜けた後は扉を閉めて痕跡を消してきた。無論、追跡の技能持ちの冒険者がいたら俺たちの足取りをたどることもできるだろうが、あの男はそもそもそう言った技能があることに気付いてすらいないだろう。遭遇する危険は少なく、後はどちらが先に魔王にたどり着くかの問題だけだった。


「どうする?」

 疲れた声で卓が仲間を窺う。

 ここもまた、分岐点だった。細胞のような物体の密度が上がってきている。床の半分ほどが細胞に置き変わって脈動していた。

「左だろう」

 明人が即答する。

「そうだな・・・」

 卓が左の扉を見た。

 これまでもそうだったが、俺たちは魔将と当たるルートを避けて来た。万が一、ただでさえ強い魔将がさらに凶悪化していたら、と考えると魔将と剣を交える気にはとてもなれなかった。

 ここを左に行くと、遠回りにはなるが、魔将を避けて最深部にたどり着ける。戦闘による消耗を考えたら、遠回りでも魔将と当たらないルートの方が早く抜けられることだろう。

 全員の意見が一致した。


  ***


「いるな」

 明人の声に緊張が走る。

 冒険者たちは誰もが粘性のある液体を浴び、身体から粘液を滴らせたまま疲れたような表情を見せていた。人間に害はなさそうだが、それでもねばつく液体が付着しているのは不快であろう。

 彼らの様子を見ていると、日葵ひまりと目が合った。彼女は俺たちに心配そうな視線を向けている。

「魔力、大丈夫です?」

 彼女は俺たちを覆う空気の障壁(エアフィールド)に触れた。

「張り続けていて平気です?」

 彼女自身も疲労を溜めているだろうに・・・。彼女の優しさが身に染みる。

 だが、問題はない。俺と彩苗さなえが同時に頷くと、日葵ひまりは安堵の息を漏らした。

 実際、問題はなかった。というのも、濃度を増す瘴気から魔力を取り出すことができるのだ。取り出すことのできる魔力は決して多くはないが、障壁フィールドを張る程度の魔力は充分に賄う《まかなう》ことができた。対策をしていない冒険者から体力を奪うことと合わせて考えると、魔物側に有利な環境が作り出されていたと言っていい。

「開いた・・・」

 明人の声に再びメンバーの緊張が高まる。現状、扉の先から何かが仕掛けてくる気配はない。

 一気に踏み込むか慎重に扉を開くかは判断の難しいところである。できれば静かに中の様子を窺い、相手が気付いていないようであれば一気に踏み込んで先制攻撃を仕掛けたい。

 卓が静かに扉を開け始めた。その卓に雅也が防御の魔法をかける。

 と、扉の先から耳を裂くような吠え声が響き渡った。

「ぐおおおおおおおお!!!」

 卓が舌打ちをしながら、扉の先を確認しようとしたその時、扉が大きな音を立てて勢いよく開いた。

 扉の先の広間には、一体の敵が待ち構えていた。

 三メートル近い身長を持つ巨体はふさふさの毛に覆われ、狼のような顔に敵意を湛えて俺たちをにらみつけている。二本足で立ち、手には巨大な槍を持ち、背中には翼が生えていた。

「な、なんで・・・」

 茜が思わずと言った様子で扉から後退あとずさった。

 茜だけではない。扉の前に陣取っていた卓もまた、気圧けおされるかのように一歩、二歩と後退あとずさる。二人の表情には一様に恐怖が浮かんでいた。

 俺も信じられない思いを胸に、巨大な狼男のような姿を持つ悪魔を見ていた。


 魔将、グレア・・・。


 六魔将の中で最も強い魔将。

 俺と彩苗さなえが一度挑んだものの、勝てずに撤退したことがある魔将。

 何故、ここにいる!?

 いや、予想してしかるべきだった。

 感染したオーガが扉を開けて襲撃してきた時点で、普段のルールは通用しなくなっていたのだ。魔将が自分の持ち場を守っている保証など、どこにもなかったのである。

 そして、当然のように、最強の魔将、グレアは黄色い輝きを身にまとっていた。


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