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ケルベロスの首事情  作者: 蒼井絵宇
第7章 町にて
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7.2 意思疎通

 明人たちが空き地に焚火たきびの準備をしてくれる。たきぎまで用意してくれたことに感謝する。なるべく俺たちの身体を冷やさないようにという配慮が窺いしれた。薪の下には枯れ枝を敷き詰め、火を点ける。

 ぬくもりが俺たちを包み込む。

 ベベは既に地面に首を付け、寝息を立て始めていた。無理もない。今日はあまりにも多くのことがあった。それに、明人たちの厚意に触れ、彼らにたいして安心感を抱いていたというのもあるだろう。

 俺も疲労感はあるのだが、実はまだそれほど強い眠気を感じていない。朝起きてすぐ魔王との一件があり、帰還リターンを使ったのだが、外に出た時には既に昼を回っていた。おそらく、洞窟の中にいた俺たちの生活サイクルが、外とずれていたのだ。俺たちが起きた時、外の世界は朝ではなく、お昼だったのだろう。

 ともあれ、これはチャンスだった。

 ベベに睡眠スリープをかける。これでしばらく目を覚ますことはあるまい。

「何・・・、したです?」

 日葵に気付かれた。

「日葵、どうした?」

「今、右の首が・・・」

と俺を指差した。

「真ん中に睡眠スリープかけたです」

「・・・え?」

 明人たちの視線が俺に集まる。

「わぅ、わぅ」

「何か言いたげだぞ?」

 明人の言葉に頷いた。

 だが、ここからどうしよう?どうやって伝えたらいい?

 俺は周囲を見渡す。

 空き地は土で覆われており、その中央に焚火たきびがあった。薪の周囲には枯れ枝が落ちているのが見えた。

 それを見てふと思いつく。そうだ、文字なら・・・。

 無論、手で握って文字を書くのは無理である。左手の制御権が俺にあると言っても、ケルベロスの手、・・・というより前脚は、細かい動作には向かない。

 ならば,と俺は魔法を発動させる。

 遠隔操作テレキネシスの魔法。触らずに物を動かす魔法だが、大きな力を加えられないこともあり、使いどころが難しい魔法である。

 日葵が首を傾げる先で枯れ枝が浮き上がった。

「な、何するです?」

 日葵の問いに行動で答える。

 俺は枝を操り、土を削って文字を書き始めたのだ。

 明人たちがそれを食い入るように見つめる。

 ・・・難しい。遠隔操作テレキネシスで文字を書くなんて今までやったことがなかったし、その必要に迫られたこともなかった。

 最初はひらがなで書こうとしたが、それでは説得力に欠けると思い至り、漢字を書いていく。

「文字だ・・・」

 明人が呟く。

「話し言葉だけじゃない。文字も分かるのか」

「・・・これ!」

 明人の呆然とした声に日葵の叫びが重なった。

 多くは書けないと判断し、最小限の言葉を土に刻む。


<彩苗、煌太>


 明人と日葵の視線が痛いほど俺たちに注がれる。彼らの呼吸が震えていた。

「煌太・・・、彩苗・・・、なのか?」

「わぅ」

「わぅ」

 明人の問いに俺と彩苗の声が重なった。

 日葵が立ち上がる。彼女の目からすーっと涙がこぼれ落ちたが、それを拭こうともせず、彼女は魔法を解き放った。

 炎への耐性レジストの魔法だった。

 何を?と思う間もなく、彼女が両手を広げ、向かってきた。

「彩苗!煌太!心配してたですぅ!!」

『おい、日葵!?待て!』

「わおーん!!」

 慌てて叫ぶ俺の言葉は日葵に通じない。

 彼女の身体が俺の首を包み込むように覆い被さってきた。ふわっとしたローブ越しに彼女の体温を感じ、額のあたりに柔らかい感触を受ける。

 豊かな胸が押し付けられたのだ。嬉しくないと言えば嘘になるのだが、罪悪感が先に来る。

『日葵、離れろ、俺は彩苗じゃない』

 混乱気味だったのが、無意味なのを分かっていながら、頭の中で日葵に呼びかけている。

 助け舟を出したのは彩苗だった。

「彩苗!会いたかったですーー!!」

 半泣きしながら言う日葵に、彩苗が

「わう!」

と答えたのだ。

「・・・あれ?」

 日葵がきょとんとした表情を浮かべた。

「彩苗?」

「わう」

 日葵の呼びかけに彩苗が首を振る。

「・・・こ、煌太?」

「ゎぅ・・・」

 俺が彼女の身体の下から答えると、日葵は慌てて身体を離した。彼女の顔が真っ赤になっている。

「わ、わわわわわ!ご、ごめんなさいです」

 彩苗の名前を先に書いたことで勘違いしたのだろうか?

「そ、そう言えば、魔法使うの煌太だったです」

 もっともである。

『あ、ありがとう、助かったよ』

『どうだった?日葵の、胸』

 彩苗がくすくすと笑う。

『いや、だめだろ。その、罪悪感が・・・』

『煌太は真面目だなー』

 彩苗に茶化されて俺は苦笑いをした。


「何が・・・、何があったんだ?」

 明人の声は幾分震えている。

 俺は枯れ枝を動かそうとして躊躇ためらう。俺たちの名前も辛うじて読めるような歪んだ文字で書くのが精いっぱいだった。何を書けば伝わるだろう?

『魂を移されたんだよね?私たち』

『ああ。そうか』

 彩苗の声を聞いて俺は土に書き込む。

<ゲームタイトル>

「ゲーム、タイトル、です?」

 明人と日葵が顔を見合わせる。

魂転たまころがしの魔王、だったな?」

「魂、転がされたです?」

「わう」

 魔王は常に帰還リターンを使用した冒険者の最後の一人を狙っていた。だから、戻った冒険者はそこで何があったかを把握できていない。

 もう一言、書き込んだ。

<エラー?>

「エラー・・・」

「もともとケルベロスに魂が移されるはずでは、なかったです?」

「わう」

「少し、情報を整理しようか」

 明人の提案に俺たちは頷いた。

 日がすっかり落ち、建物から漏れる光と空き地に焚かれた炎の光が、広場を照らし出していた。


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