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ケルベロスの首事情  作者: 蒼井絵宇
第1章 魔王の犬の犬
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1.2 魔王の犬

 魔王は圧倒的な存在感を放っている。ゲームの画面上でもかなりの威圧感があったのだが、見た目以上に魔王から発される空気が俺に恐怖を与えた。

 思わず魔王をにらみつける。

「うぅーーーー」

という犬のうなり声が漏れた。

 魔王が俺に視線を向ける。眼光が鋭い刃物のように俺に突き刺さると、氷の刃が刺さったかのように俺の心が冷える。

 魔王が口を開いた。

「ロスロス、不機嫌にならないでよ。おなかすいたのかなー?」

 全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。ゲームで戦っていた時とは全く違うハスキーな猫なで声。


 え?え?え?


 訳が分からない。きょとんとした顔をしていたことだろう。

 そんな俺に声が聞こえて来た。

『馬鹿!何ご主人様を威嚇しているんだ!』

 音声ではない。俺の頭の中に直接響いてくる声。

 きょろきょろと周りを見回して気付く。この声、別の首、おそらくは中央の首の声だ。考えてみれば、胴体を共有しているのだから、他の首の声が脳に直接届いても不思議ではない・・・、ような気がする。

 その中央の首が身体を動かしているのだろう。誇り高く首を上げたまま歩みを進め、魔王の手の届くところまで来ると、中央の首は迷わず魔王の身体へとその首をこすり付けた。

「くぅーん」

 甘えるような犬の声は、先ほど俺の頭に響いてきた声と同一犬物どういついぬぶつのものとはとても思えない。

「おおー、ベベ、今日も凛々《りり》しいねー。よしよし」

 魔王が中央の首をわしわしと撫で回し、中央の首は気持ちよさそうに目を細めた。

 ・・・ベベ?さっきと違う名前に困惑する。俺らの名前はロスロスではなかったのか?

 すると、身体が左に回った。それにより、右の首が魔王の正面に来たことになる。

 魔王の声が聞こえてくる。

「おーよしよし。ケルケルは相変わらずクールだねぇ」

 どこのおっさんだ・・・。

 だが、名前に関する謎が解けた。三つある首の一つ一つに名前がついているのだ。


 右はケルケル、中央がベベで俺がロスロス。三首さんくび合わせてケルベロスー♪


 変な歌を作って脳内再生している間に、気付けば正面に魔王がいた。再び身体が回ったらしい。

 つまり、今度は俺が魔王に甘える番なのだ。


 ・・・・・・・・・・・本気まじか。


 俺は魔王を見上げる。

 相変わらず真っ黒ではっきりとは分からないが、魔王は期待を込めて俺を見ているようだ。

 逡巡しゅんじゅんしていると、ベベの声が聞こえて来た。

『今日のお前おかしいぞ!?いつものように早く甘えるんだよ!』

 その言葉に俺ははっとする。

 魔王も他の首も、左の首に俺が入ったことに気付いていないのだ。

 そして、ばれたらまずいのではないか?

 しかし、魔王に甘えるって・・・。泣き声を上げて頭をこすり付けたらいいのか?

 いやいやではあるが、やらなくては。

 甘い声、甘い声・・・。

「く・・・」

 思い切って喉を鳴らしてみる。

「くぅーーーーーん!!」

 予想外に大きな鳴き声が出て自分で驚いてしまった。

 いや、驚いている場合ではない。俺はこれまた思い切って、頭を魔王の身体にこすりつける。

「おー、よぉしよしよしよし!」

 魔王はご満悦で、俺の頭をわしわしと撫で始める。魔王の妖気が腕を通して伝わってくるが、これが予想外に気持ちいい。

 思わず目を細めると、魔王は嬉しそうだ。

「お前は相変わらず可愛いねーー」

 もしかして、魔王一番のお気に入りだったりするのだろうか?

『ふん』

 ベベの不愉快そうな声が頭の中に響く。

 まさか、対抗意識を燃やしている?こんなことで対抗意識を燃やされても困るのだが・・・。

 そう思う一方、上から目線で偉そうなベベに対して、軽い優越感を抱いたのも事実だった。


 魔王は上機嫌だ。

 何かを取り出すと、

「そら!」

と言ってポーンと放り投げる。

「ワン!ワン!」

 ベベが犬の吠え声を上げて、身体を走らせ始めた。

 走ると視界が高速で斜めに流れていく。

 俺は慌てて首を右に向け、走る方向と首の向きを合わせた。ベベの顔が目に入るのが気に食わないが、そうでもしないと酔いそうである。

 そして、俺の身体が地面を蹴って飛び上がる。

 うおおーーーー!?

 叫び声を上げそうになるのを懸命にこらえる。

 凄まじい跳躍力で洞窟の天井が近付く。その頂点で、ベベの口が魔王の放った何かをくわえた。

 華麗に着地し、魔王の元へと駆け戻る。

「よぉし、いい子だ。ごはんを用意するからね」

 魔王がベベの口からその何かを受取りながら、三つの首を撫で回す。

 その時、その何かがはっきりと見えた。

 ・・・人間の頭蓋骨だ。

「はっはっはっはっ」

 ベベが嬉しそうに鼻を鳴らしている。

 尻尾がぶんぶん振られているのを感じて首をめいっぱい左に向けると、迷惑そうな表情をした蛇が激しく左右に振られていた。

 完璧に、俺は魔王の犬だった。


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