4.5 彩苗と一つになる
「え、どうして、です?」
「知りたいことがあって。お願い!」
戸惑う日葵に彩苗が答える。
彩苗は俺に何があったかを知ろうとしているのだ。その身を危険にさらしてでも。
「わ、分かったです」
日葵が意を決したように杖を掲げた。明人、日葵と魔法の光が包んでいく。
俺はそれを食い入るように見つめている。できれば彩苗も無事に戻ってほしい。そうすれば、次に彼女たちがここへ来るまでの間に魔王の秘密を暴いておけるだろう。
だが・・・。
魔王が曲がり角から姿を現し、彩苗の前まで来て右手を掲げた。
「させぬ」
彩苗はその様子を睨みつけている。
俺は目をそらしかけた。
いや、背けたらダメだ。きちんと見届けないと。
戻した視線の先で宝珠が輝いた。彩苗の身体が淡い輝きに包まれ、それが宝珠に移っていく。
「うー・・・」
思わず唸り声を上げると、ベベの驚いたように俺を見た。
『ロス?』
心穏やかではいられない。心臓が高鳴ることはない代わりに俺の頭の中で彩苗の姿がぐるぐると回っている。
俺の判断は本当に良かったのか?ケルケルをだまし、この身体を裏切った結果、彩苗まで失ったら俺は立ち直れないだろう。
凝視するその先で、宝珠に光が移ったかと思った矢先、宝珠の光が突然消えた。
失敗したのだ。
俺にとってこれは自分の推測が合っていたことを示す吉兆だったはずなのだが、この光景は俺に彩苗の魂が消えてしまったような錯覚を与えた。危うく狂乱しそうになる。
落ち着け・・・、自分に言い聞かせる。
きっとケルケルの首に入ったんだ。今に右首が起き上がって、今までのケルケルとは違う行動をし始めるに違いない。
・・・が、ケルケルが目を覚ます様子はなかった。ケルケルの首は洞窟の地面に垂れたまま、身体の動きに逆らうことなく引きずられていた。
魔王はしばし輝きを失った宝珠を見つめていたが、やがて宝珠をどこへともなくしまうと、俺たちを向いて洞窟の奥を指差した。言葉は一言も発しない。
重い雰囲気に首を傾げていると、ベベが
「わぅ!」
と肯定の意を示し、ケルケルの首を引きずって洞窟の奥へと歩き始めた。
慌てて後ろを向くと、魔王が彩苗の身体を抱えあげていた。彩苗の身体がどこへ行くのか知りたかったが、俺の身体はどんどん進み、すぐに魔王の姿は見えなくなってしまった。
溜息をついてベベに話しかける。
『ケルケルはどうなるんだ?』
『普段は三日ほどで意識が戻る』
『普段?』
ベベがちらっと俺を見た。
『こないだお前が落とされた時はずいぶん早かった。一眠りしたら目覚めていたな』
俺がケルベロスとして目覚めた時のことを言っているのだろう。
早かったのは、俺が入ったからか?
だとしたら・・・。
引きずられているケルケルの首を見た。
早くとも、一眠りするまでは俺の行動の結果は分からない。
もどかしかった。
俺たちは溶岩池に浸かる。
べべは静かだった。はしゃぐこともなく、ケルケルの首がしっかりと溶岩に浸かるよう身体を動かしている。
べべが落ち込んでいるのだと分かり、再び俺は罪悪感に苛まれ、全てを明かして謝りたい衝動に抗う必要があった。今明かしてしまったら、全てが台無しになってしまう。
溶岩は心地よいが、重い雰囲気のまま、溶岩浴を終える。
魔王洞の入口の定位置に戻り、ベベが身体を下した。
睡眠をとるのだ。
ベベが首を地面につけると、ケルケルの首が見えた。目を閉じ引き摺られてきた姿勢のまま、ぐったりと地面に横たわっている。
一眠りし、目が覚めた時、答えが分かるのだろう。
早く答えを知りたい。だが、答えを知るのが怖い。
悶々《もんもん》としながらも、俺は次第に眠りへといざなわれていった。
***
夢を見た。
目の前で彩苗の身体が色を失い、透き通っていく。
手を伸ばして彩苗を掴もうとしたが、俺には動かすことのできる腕がなかった。俺が動かせるのは首から上だけで、顔をめいっぱい伸ばしても彩苗には届かない。
彩苗の名前を呼んだが、出てきたのは犬の鳴き声だった。
彩苗の身体が消える。
「わぉーーーーーん!!」
悲し気な吠え声をあげたその時、目が覚めた。
洞窟の地面が目の前にある。
横を見ると、ベベが地面に顔を付けたまま眠っていた。
心臓が激しく鳴っている。俺だけが起きているからか?呼吸も荒れており、荒い呼吸と一緒に涎が垂れて地面に吸い込まれていた。
嫌な夢だった。
思い返すだけでも呼吸が震える。
その時、彩苗が俺たちとの戦闘中に発した叫びを思い出した。彩苗からしたら、俺は帰還の魔法を使った後、忽然と消えてしまったことになっているのだ。俺が夢で見たことが、彼女の視点では現実に起きていたことになる。
心配しているだろう。早く、俺がここにいることを伝えたい。
その時、わずかに首が上に引っ張られるのを感じた。
誰かが首を上げた?
俺は急いで首を向ける。
ベベの首はまだ地面についており、その奥で右首が持ち上がって周囲をきょろきょろと見回しているのが見えた。
鼓動が一段大きくなる。ベベが言っていた通り、復活が早い!これなら・・・。
期待と不安が俺の頭をかき乱す。彩苗、なのか?
今すぐにでも確認したいが・・・。
俺は慌てないよう自分に言い聞かせる。
身体を動かそうと意識してみるが、身体は動かない。制御権がないということは・・・。
案の定、ベベの首が動き始めた。完全に起床したわけではないようだが、目覚めつつあるのだ。
その時、右の首の戸惑ったような声が聞こえて来た。
『え・・・、なに、これ・・・』
・・・まずい。ケルケルと彩苗では性格が違いすぎる。もし右首に彩苗が入っていたとしたら、ベベに気付かれるのではないか?
俺は咄嗟に睡眠をかける。ベベの首の動きが止まり、再びべたりと地面についた。
再び右の首の声が聞こえて来た。
『あれ?今、左が真ん中に魔法かけた?何してるんだろう・・・』
いや、声を出そうと意識しているのではなさそうだ。頭の中で会話できることに気付いておらず、思考が漏れ出ているように思える。
とはいえ、今の俺の行動はやや軽率だった。右の首に彩苗が入っているのでなければ、俺の行動は不審に映ったことだろう。
確認、しなくては。
俺は意を決し、右の首へと呼びかけた。
『睡眠かけたんだ。ちょっと確認したいことがあって』
『ひゃっ!?・・・あ、えっと、何かおかしいことでもあった?』
右首が慌てたのが分かった。咄嗟に取り繕おうとしている。
もう彩苗確定でも良さそうだったが、慌ててはいけない。ちゃんと確認しないと。俺は少しだけ考えてから、言った。
『この前、左首が落ちてた時と、同じことが起こったみたいだね』
右首がしばし、沈黙する。彩苗だったら、この発言の意味を分かってくれるはず。
予想はあたった。少しの沈黙の後、右首がはっとしたように俺へと視線を向けたのだ。
『・・・・・・・・・煌太?』
その声は、震えていた。
『良かった、彩苗なんだね?』
すると、彩苗が地面に伏しているベベの首をよけるようにして、俺の頬へと彼女自身の頬をこすり付けてきた。どくんと胸が高鳴ったのは俺と彩苗のどちらの想いによるものだろうか?あるいは双方が胸をときめかせたのかもしれなかった。ふわふわとした毛の感触が心地よい。
『煌太!やっと見つけた!・・・良かった、良かったぁ・・・』
彩苗の泣くような声。俺と彩苗、双方の目から出た涙は、流れることなく体表の熱によって蒸発していった。
この日、俺は彩苗と一つになった。
・・・ケルベロスの身体的な意味で。




