4.4 賭け
俺たちからは見えなかったが、曲がり角の先から魔王が来たことは分かった。
『助かったぁ』
ケルケルが思わず安堵の息を漏らしたことからも、俺の友人達の強さが窺える。
一方、彩苗たちは慌てない。魔王戦での戦術を予め決めていたのだろう。彩苗と明人はそのまま俺たちに向かい、日葵が魔王の攻撃を防ぎながら彩苗たちのアシストをし始めた。
俺と彩苗が魔王に挑んだ時の戦術に似ている。明人がいる分立ち回りが楽になっていることだろう。
加えて、彼女たちは地形をうまく利用していた。
日葵が曲がり角に立って魔王の攻撃を防ぎ、彩苗と明人に攻撃がいかないようにしているのだ。
だが、こちらも負けていない。
致命的だった身体を右に回す癖が解消されていたことに加えて俺もケルベロスの左首として魔法攻撃に参加した結果、魔法攻撃が有効に作用し、彩苗と明人を苦しめた。
激戦になった。
俺が友人たちを苦しめていることが悩ましい。だが、彼らとの戦いはそれを気にする余裕すら与えてくれなかった。
集中しないと一瞬で持って行かれそうになる。
俺は戦局を読むことに集中し、彩苗たちの攻撃に合わせ、防御が難しいタイミングを図って魔法をたたきこむ。守りの薄い攻撃手である明人を集中的に狙うのは定石と言っていい。
彩苗たちは戦術を変える。俺を落とすことを諦め、ケルケルに攻撃を集中させていた。タンクを落とせば俺たちを一気に崩せるという判断である。
お互いのダメージが蓄積していく。特に明人とケルケルがそれぞれかなりの傷を負っていた他、他のメンバーも大小さまざまな傷を負っていた。
その唯一の例外が魔王だった。
「何が効くか分からないですぅ!!」
日葵の声は状況の割には間延びして聞こえる。この喋り方も、以前いじめられるきっかけになっていた。
彼女は魔王の攻撃に対する防御と彩苗たちへのサポートをしながら、隙を見付けては魔王に攻撃を仕掛けていた。だが、彼女が使うあらゆる属性の魔法が効いていない。
彩苗たちでもダメか・・・。
日葵の声に、俺は暗澹たる思いを抱く。
やはり、魔王は何か解くべき謎を持っている。おそらく、この戦いは最終戦ではないのだ。
彩苗もそれに気付き始めているようだった。
「魔王は放置でいいよ!ここでは多分倒せない。ケルベロスを落とそう!」
それから彼女は明人を見た。
「もう少しやってみてだめだったら戻ろうか」
「大丈夫!まだやれる!」
明人が叫ぶが、強がりであることは彩苗にも分かっていた。
「無理しちゃだめだよ!日葵、リター・・・」
彩苗が言い淀んだ。彼女の顔を苦悩がよぎり、それから彼女は迷いを吹き飛ばすように続ける。
「帰還の準備をしておいて!」
「分かったですっ」
彩苗の言葉を聞いて冷や汗が流れる。
ここでの魔王との決着を放棄したとなると、俺たちが落とされるか、彼女たちを退けるかの二択になってしまうのだ。だが、と俺は曲がり角の先を見る。帰還をしようとしたら、魔王はおそらく魂を抜きにくるだろう。友人たちのうち、誰かの魂を。
俺か、友人たちの誰かかが犠牲にならないといけないのか?
その時、彩苗が叫んだ。
「煌太をどこやった!返せー!!」
***
魔王に攻撃が通じないことにいら立ちを感じたのか、はたまた俺たちとの戦闘に集中するために気合を入れ直したのか。
だが、彩苗の叫びは俺をはっとさせた。
想定外の事態があったじゃないか。何故、気付かなかったんだ?
当事者なのに・・・。いや、当事者だからこそ、気付かなかったのかもしれない。
そうだ、俺は今、人形の中ではなく、ここにいるじゃないか。
俺の中で急激に話がつながっていく。
ベベは前回、魂の移動を失敗したと言っていた。よく考えればすぐわかるはずだった。前回、魔王が抜こうとしていたのは俺の魂だったはずである。
そして、失敗の原因も予測がついた。
ケルベロスの首が落ちていたからだ。詳しい条件までは分からないが、首が落ちて空きができ、そこに俺の魂が吸い込まれたようなイメージが俺の頭に浮かんだ。
それにしても、彩苗が俺のことを気にかけてくれていたと分かり、嬉しいしちょっと照れる。
『来るぞ!』
にやけている俺の脳内にベベの声が響いた。
彩苗と明人が向かってくる。
もう少しダメージを与えたら彼女たちは撤退の判断を下すだろう。
仕掛けるとしたら、ここしかない!
『もう、無理だよぉ』
ケルケルの泣き言が聞こえる。それに対してベベも言い返さない。ベベにもケルケルが限界を迎えつつあることが分かっているのだ。そこにこそ、つけ入る隙があった。
俺は提案する。
『今度の攻撃、俺が受けるから盾を張ってくれ!』
俺の提案には説得力があった。今回、ケルケルが攻撃を受けている関係で、反対側にいる俺の首はあまり攻撃を受けていなかった。ベベよりもダメージが少ないのだ。
『助かる!』
『ありがとー!!』
べべとケルケルの声が聞こえ、俺は一瞬ためらった。
激しい罪悪感が胸をよぎる。
いや、ダメだ!ここで仕掛けなければ友人達の誰かが犠牲になる。
ためらいをふりきる。
彩苗が俺たちの目前に迫り、剣を振り上げる。それと同時に、俺の首を淡い光が包み込んだ。
ケルケル!ごめん!
心の中で謝罪の言葉を叫びながらも、俺はひそかに、他の首に気付かれない程度に首を左に振った。狙い通り、俺の首の動きにつられて身体が左に回る。
『え!?ちょっと!?』
『あ、すまん、つい!』
ケルケルの戸惑いとベベの慌てたような声が俺に突き刺さる。今すぐにでも謝罪の言葉を叫びたいが、ダメだ。非情に徹さなくては、俺のおかれた状況をひっくり返すことはできない。
彩苗の剣が、保護されていないケルケルの首に向かう。俺たちの首の中でも特に硬い皮膚で覆われたケルケルの首ではあったが、魔力を帯びた彩苗の剣はその皮膚を突き破り、首に深々と突き刺さった。
『うわああ!』
「わぉーーーーん!」
ケルケルの悲鳴が耳に痛い。できることなら手を使って耳を塞ぎたかった。
『畜生!』
「がうーーー!!」
ベベが吠えながら彩苗に牙を向ける。
それに合わせて俺も攻撃魔法を放つ。
彩苗の盾がベベの攻撃を防ぐが、魔法までは防げず、彩苗の身体が炎に包まれた。
ケルケルの身体に剣が突き刺さったのは、彩苗にとっても計算外だった。魔法盾で減殺され、皮膚を浅く切り裂くのが常だったからだ。それが俺たちの攻撃に対する彼女の反応を遅らせた。
「きゃあ!」
彩苗がケルケルの首から剣を引き抜きながら悲鳴を上げる。
「彩苗!?」
明人は攻撃を断念した。彩苗の身体を抱きかかえるようにして俺たちの前から後退する。
「日葵、戻ろう!」
彩苗のダメージを見て明人が判断を下し、彩苗もそれに反論しなかった。
日葵が帰還の魔法を準備する。
帰還はパーティ全体に効果を及ぼすが、その効果は一人ずつ表れる。ダメージの大きい人から順に効果を発動させるのが定石となっており、これだと日葵が最後になるだろう。俺の推測が合っていれば、日葵がケルケルの代わりに右首に入ることになるのだが・・・。
しかし、これはリスクの大きい賭けだった。
うまくいかなかったら・・・。俺の首と呼吸が震える。
そんなことを考えていると、彩苗が苦し気に言った。
「日葵、私を最後にして・・・」
・・・・・・・・・え?




