サメ
「さっさと塗りやがれぇ!」
そう怒鳴りながら子どもたちの背中を棒で叩く毛むくじゃらの大男。
「ひぃっ!」
「痛い! もうやめてぇ!」
悲痛な叫び声を上げながら毛ガニを黒く塗る子どもたち。
「ほらそこまだ毛が黄色い! 未完成品を箱に入れるな! オラァ!」
「いぎゃいっ!」
塗り残しが少しでもあれば叩かれ、少しでも手が止まれば殴られ、弱音を吐くと蹴られる。
この村では3ヶ月前からこの光景が見られるようになった。魔王の手下が村長の娘を人質に取り、村人たちを働かせているのだ。
大人の男は力仕事、大人の女はチョメチョメ、子どもたちはこうしてカニを塗らされている。
血と涙の絶えないこの村に今、救世主が訪れようとしていた。
「元々黒いからってサボるな! 目玉もちゃんと塗れ!!!!!!!!!!!」
「痛いっ!」
「どうした? さっさと働けよ! 周りのヤツらは痛くても頑張ってんだろうが!」
1人の子どもが蹴られ、あまりの痛さに動けなくなっていた、その時だった。
「⋯⋯揉め事か?」
大男の後ろから、爽やかながらも凄みのある、かすれかすれのガラガラの、キュートでチャーミングでゴージャスな男の声がした。
「なんだ? 誰だお前は!」
大男が振り向くと、そこには銀色の髪の光る、顔立ちの整った女性と見紛うほどの美青年が立っていた。
「拙者か。拙者は異界照邏のシロサイという者だ。各地を廻り人々に笑顔を与え、世界を照らしている」
「人々に笑顔を⋯⋯そういうの自分で言うんだ」
「言ってくれる人がいないからな」
「そうか、それは悲しいな。で、その"いかいしょうら"とやらがこの村になんの用だ」
大男が棒を構えて言った。
「用などない。ただ歩いていたらお前の大声とその子たちの悲鳴が聞こえたから来ただけだ」
そう言ってシロサイは大男に1歩近づいた。
「もう1度聞く。揉め事か?」
大男の目を見ながら静かに言った。
すると、大男は頭を抱えて呟いた。
「揉め事って訳じゃねぇんだがな、コイツらが全然働いてくれなくて悩んでんたんだ。毛ガニを黒く塗れって言ってんのに金ピカに塗ったり顔描いたり塗り残したりサボったりしやがるんだ」
「なるほど、そういうことだったか」
そう言ってシロサイは子どもたちの方を見た。ざっと30人は居るだろう。
「こんな数の子どもたちを1人で⋯⋯まるで教師だな」
「だろ? 分かってくれるか分かってくれるか泣泣泣」
「泣いてんじゃねぇよ」
「えっ?」
「いや、毛むくじゃらの大男が泣いてるのなんて誰も見たくないからさ。世界中探し回ってもいないと思うぞ。だから泣くな」
「なんだお前、味方じゃなかったのか! 毛むくじゃらの大男だって泣きたい時くらいあるんだよ!」
「味方だと? 拙者は正しい者の味方だ。弱きを助け強きをくじく、悪党を成敗して回っているのだ」
「さっきと言ってることが違うじゃねーか! じゃあお前は敵なんだな!」
再び棒を構える大男。
「いや、味方だ」
「はぁ?」
大男は困った顔をしている。
「味方だ」
「なんなのお前、こわっ⋯⋯」
今にも泣きそうな大男。
「そんな顔をするんじゃない、今に笑わせてやるから」
「マジで味方なのかよ。なんでだよ」
「なんでって、バカなのか?」
「えっ」
「⋯⋯仕方ない、説明してやろう。悪いヤツというのはだな、基本的に面白くないんだ。人を殺したり世界征服をしようとしたり、なにも笑えるような要素を持っていないんだ」
「ふむふむ」
「だがお前は面白い! まずその棒だ!」
「これ!?」
大男が手に持っている棒を見てみると、真ん中辺りに『東京』と書かれていた。
「なんじゃこりゃ! 俺が今まで持ってたこの棒は東京の棒だったのか! ⋯⋯東京の棒ってなんだ?」
「それにお前、子どもたちにカニを塗らせているだろう。悪いヤツはそんな面白いことはしないはずだ」
「魔王様が黒く塗った毛ガニしか食べられない体らしくて、世界的に生産が追いついてない状態なんだよ。だから魔王軍にはけっこうこの仕事やってるヤツ多いぞ。俺のオリジナルじゃねぇ」
「なんでわざわざそんなこと言うんだ。この場では自分の手柄にしたほうが都合がいいだろう」
「俺ァ死んでも嘘はつきたくねぇんだ」
シロサイは目を閉じ、「フッ」と笑った。
「正直者だな。褒美にこの金と銀の斧をくれてやろう」
そう言ってシロサイは大男に2つの斧を差し出した。
「どっから出したんだよ、こわ」
斧を渡し終えたシロサイは腕時計を確認して大男を見た。
「そろそろ次の用に向かわねばならぬ。お前に笑顔を与えよう」
「は?」
「ムキムキの⋯⋯」
「ルフィの真似?」
「サメ」
「えっ? ムキムキの⋯⋯サメ?」
「ムキムキのサメ」
それから1分ほど沈黙が続いた。
「さらばだ」
そう言って去ろうとするシロサイを大男が引き留めた。
「説明しろよ!」
「拙者とお前の間には言葉など要らぬだろう。さらばだ」
肩の手をそっと払い、すたすたと去っていくシロサイ。
その場に残された大男は小さくなってゆくシロサイの後ろ姿をただ眺めていた。
「言葉は要らぬ、か。良い友が出来たな⋯⋯はは」
こうしてまた、笑顔が増えたのであった。
それから大男は東京の棒を捨て、金の斧で子どもたちを叩くのであった。