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act…9


 昼休みにお弁当を食べてから、私はまた適当な理由を作って旧校舎へ向かった。高杉が来ていますようにと祈りながら、恐る恐る準備室の扉を開ける。


「高杉! 来てくれて有り難う!」


 その姿を見つけ、嬉しさに思わず駆け寄った。


「来てくれないかもって心配してたの」


 微笑む私とは対照的に、高杉は固まったまま動かなくなっている。長い前髪が俯く高杉の顔を隠してしまい、どんな表情をしているのか分からない。ただ、髪の隙間からほんのり赤く染まった耳が少しだけ見えていた。


 まさか高杉……私に惚れている!?

 いやいや、突然胸ぐらを掴んでくる女のどこに惚れるというのか。惚れ要素ゼロだ。

 これは恐らく女子に免疫が無い高杉が、私にいきなり駆け寄られて驚いて固まったのだろう。


 さて、昼休みは残り十五分。


 私、高杉、人体模型の三人で準備室に残された古い机を囲む。

 人体模型も見慣れるとそれなりに可愛い……とは全く思えないけど、女子の免疫無い系男子の高杉には、私と二人よりも三人の方が気が楽だろうと思い人体模型をプラスする事にした。


 高杉が先程より多少はくつろいでいるような気がして、私はいよいよ本題に入る。


「高杉。昨日は突然キレてごめん! てゆーか、死ぬって本気なの?」


 両手を顔の前で合わせ、ごめんなさいのポーズをとって高杉を見る。すると挙動不審に視線を泳がせた高杉が、私の問いには答えず質問を返してきた。


「あの……僕の、僕の声って……」

「え?」

「神を超えたとか、死なせないとか……あれは、その、どういう意味ですか?」


 そう言った後、折れるのではないかと思うほど首を曲げて下を向く。怪しい動きではあるけれど、感情を全て無くした機械のようだった高杉より、今の方がずっと人間らしさを感じる。


「その声は、最高の声だから」

「え?」


 私の言葉に高杉が俯いていた顔を上げた。


「私ね、相当なキモオタなのよ。声フェチの」

「キモオタの……声フェチ……」

「そう。で、現実の恋とか全く興味ないの。大好きな声優がいて、その人を『神』と崇めてる。その神が声を担当してるゲームを買いに行った帰り道で、あんたとぶつかったの。あの雨の日にね」


 私の言葉に相槌を打つように、高杉が小さく首を縦に振った。


「でも、あんたの声を聞いた瞬間に胸がギューって熱くなって! 死ぬとか言いだすから、思わずネクタイ引っ掴んで叫んでた。だってあんたの声は、今まで私が聞いた中で一番の声なんだから」

「一番? 僕が?」


 驚いたように呟く高杉の目に、少しだけ光が戻ったような気がする。


「そう、一番! だからあんたは死んでる場合じゃないの!」

 

 どうにかして自殺を止めたい私は意気込んで声を大きくした。


「だからあんたは、死んでる場合じゃないの!」


 意気込んだわりに、先程と同じ言葉しか出てこず微妙に焦る。何かもっと、高杉の心に響く言葉を伝えたいのに……。


「だからあんたは、死んでる場合じゃないの!」


 はい、三回目。

 もしかしたら高杉も『この人さっきからこれしか言わない』と気付き始めているかもしれない。まずい。なんとかしなければ。

 人の心を動かす格好いい言葉ってなんだろう。出てこい名言。覚醒しろ私の語彙力(ごいりよく)


 うー。

 あー。

 

 ダメ、何も浮かばない!


 ツルツルか。私の脳ミソに皺は無いのか。こうなったらもうヤケクソだ。人の心を動かす名言なんか知らない。

 私はただ素直に、自分の欲求をそのまま主張した。


「私はあんたの声が聞きたいの!」


 高杉の都合なんか知らない。

 誰かの為にとか、そんな綺麗な理由なんか無い。

 ただ……。


「好きなの。その声が好き」


 そんな私の言葉に高杉は目を見開いて固まり、それから泣き出すのを我慢するようにクシャリと顔を歪ませた。


「そんなこと、言われたの……初めてだ」


 小さく震える声。それはひどく弱々しい音だったけれど、その声の中に微かな希望の音色が混ざったような気がする。


 少しは説得できているのかもしれない。

 そう思った私は、急激に調子に乗りこれでもかというほど自己主張を繰り広げた。


「だから高杉が死ぬと私が困るの。だって私はあんたの声が大好きなんだから! あんたが死んだら、もうその声を聞けないのよ。確実に私は不幸になる。あんたのせいで私が不幸になってもいいの? 高杉は私を不幸にしたいの?」


 向けられた問いがあまりに予想外だったのか、高杉がひどく驚いたように首を横に振る。


「ぼ、僕は、若槻さんを不幸になんか……そんなつもりは……」


 高杉が揺らいでいる。

 あと一押しかもしれない。


 私は刑事ドラマの取調べシーンのように机をバシッと両手で叩いた。


「だったら、生きて! 私を不幸にしたく無いでしょ? 分かった?」

「わ、分かっ……分かりました」

 

 脅されて仕方なく生きる事を了承してしまった高杉は相当押しに弱い男で、そして恐らく、いい奴だ。

 高杉の不幸ではなく、私の不幸を盾にした途端、もの凄く揺らいでいた。

 

 だが、この世はいい人が損をするように出来ている。いい人ではない私はこの勢いにまかせ、高杉の声で聞きたい台詞を言わせてみようと悪巧(わるだく)みした。

 悪人はすぐ調子に乗るのだ。


「ねえ。今からあんたに言って欲しい台詞を紙に書くから、そのままそれを言ってくれない?」

「……は?」


 高杉の顔に広がる困惑。

 引かれている。

 めちゃくちゃ引かれている。


「大丈夫! あんたは私が紙に書いた言葉をそのまま読むだけでいいの。簡単でしょ? 全然、大丈夫〜!」


  胡散臭い『全然、大丈夫〜!』を繰り返していると、高杉が渋々頷いてくれた。


 なんというチョロさ!


 高杉はこんなに押しに弱くて大丈夫なのだろうか。私は自分の悪事を棚に上げ高杉のチョロさを嘆く。

 しかしチョロい方が自分にとって都合が良かったので、そのままにしておこうと思った。


 紙とペンを探して準備室の中を見渡す。しかし、よく分からない薬品瓶や筋肉断面模型はあっても、紙とペンだけが見当たらない。


「なんでよ!」


 あまりのショックに思わず大きい声をだすと、それを聞いた高杉がビクッと肩を震わせた。

 高杉は何気にお上品な性格をしているのかもしれない。大きい声や、大きな物音が苦手なように思えた。

 

 声は物凄く強気な台詞が似合う低音なのに、本人は相手を攻めるような強い言葉を使う印象が無い。今も困ったように眉をハの字に下げて私を見ていた。


 その時、ブレザーのポケットから腰に振動が伝わった。スマホを取り出しチェックすると、神の公式サイトからの更新通知だった。


「あ」


 瞬間、気付く。

 高杉と連絡先を交換すれば、いつでも電話でこの声を聞くことができる。言わせたい台詞を送って、電話で声を聞く。


 なにこれ最高だ!


「たかすぎぃ〜。スマホ持ってるよね?」


 突然浮かれた声を出した私を、高杉は(いぶか)しげな表情で見つめる。自分で自分の表情は見えないけれど、きっと今の私は詐欺師のような笑顔をしているのだろう。


「大丈夫、大丈夫〜。ちょっと連絡先を交換するだけだから! 全然、大丈夫〜」


 私がまた胡散臭い大丈夫を連呼すると、高杉が更に顔を強張らせた。そろそろ高杉も、私が悪人だと気付き始めたのかもしれない。


 焦るな、私。


 お昼休みは残り三分。連絡先の交換くらい三分あればなんとかなる。


「ね! 連絡先、交換しよ?」

「ぼ、僕と?」

「そう」

「でも、じょ、女子と……女子と……こ、交換したことが」


 そうだった!

 高杉は女子の免疫無い系男子だった。


 そうこうしている間に、残り二分半。高杉が恥ずかしさからくるモジモジタイムに突入してしまった。

 困る私の前で、高杉はどこまでも奥ゆかしく、そしてお上品に、異性と連絡先を交換するという行為を恥じらっている。


 どこかのお嬢様ですか?


 高杉の女子力の高さに冷静さを失いかけた私は、深呼吸をして落ち着きを取り戻した。


「高杉、聞いて! あんたの声は私にとっての『一番』でしょ。だから今度は私が、あんたが『一番』最初に番号交換した女子になってあげる!」


 これは貴方の為のご提案です。

 そんな空気を全力で醸し出していると、高杉が俯いていた顔を上げた。


 そしてポケットからスマホを取り出し、両手でギュッと握り締める。交換してくれそうな雰囲気ではあるけれど、まだ少し勇気がでないご様子だ。


 お嬢様!

 勇気を出して!


 もう残り一分だ。なんとかこの昼休み中に、高杉の連絡先をゲットしてしまいたい。こうなったら正々堂々、しっかりとお願いだけした方がいいのかもしれない。私は高杉に向かって、机に額を打ちつける勢いで頭を下げた。


「交換して下さい! お願いします!」 

「え? あ、頭、上げて下さ……あ、あの、若槻さん! あ、えっと…………こちらこそ、よ、よろ、宜しくお願いします!」


 同じように頭を下げて、スマホをこちらに差し出す高杉。

 私は秒の速さでアプリのQRコードを読み取り、お友達追加をした。


 残り五十秒。

 ミッションコンプリートだ。


 ついにお嬢様の連絡先をゲットした私は、喜びを抑えきれずに隣にいる人体模型に抱きついた。ヨシヨシと人体模型の頭を撫でてから、私は高杉に視線を向ける。


「高杉、有り難う。嬉しいよ! じゃあ次から指令はスマホでだすからね」


 勢いで出てきた指令という言葉が可笑しくて、何よ指令って。と心で突っ込みを入れる。もちろん高杉も指令ってなんですかと聞き返してくるのかと思いきや、「はい、宜しくお願いします」と、また深々と頭を下げていた。


 指令を受ける気満々らしい。


「よし! 高杉、教室戻ろ! お昼休み、あと四十秒しかないよ!」


 言って、私は準備室を飛び出した。

 そのまますぐに走り出した私の後ろで、振り返ると高杉が丁寧に準備室の扉を閉めている。家庭にも居場所は無いと言っていたけれど、一般的に高杉みたいな人を、育ちが良い人というような気がした。


 午後の授業開始を告げるチャイムが鳴る。

 高杉は運動神経が悪いようで、「若槻さんはお先にどうぞ」とノロノロ走っている。


 声は最高に攻め攻めのくせに、本人は見事にヘナチョコだ。


「勿論、待たないよ〜!」


 そう返事をすると、ちょっとだけ高杉が寂しそうな顔になる。私はそれを見て笑った後、更に加速して高杉を置いてけぼりにした。


→10話へ続く


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