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act…5


 私は人生初の挑戦のため、学校帰りにオタクショップへと向かっていた。


 今日は人気ゲームの新作の発売日で、このゲームを買うのが目的だ。

 それは舞台が戦国時代という歴史シュミレーションゲームで、神がこのゲームの主要キャラの声を担当している。


 普段は勿論ネットショップで購入し、ショップへ買いに行くなんて危険なマネはしない。けれど今回だけは、どうしてもお店に買いに行く必要があった。


 店頭予約の先着百名に、主要キャラのボイスカードが貰える店頭販売特典があるのだ。


 この声優オタク以外喜ばない特典が欲しくて、私は隠れオタクの身でありながらショップへ出向くという危険を冒している。


 こんな風に売る側は購買層を広げるために、毎回色んな餌を仕掛けてくる。

 もし今回の特典が、 主要キャラのミニフィギアプレゼントだった場合。私のような声フェチはスルーで、そのかわりキャラオタ・フィギアオタがこぞって餌に釣られる事になる。


 数ヶ月前から事前予約をしていたオタクショップに行くため、家とは逆方向の電車に乗る。


 本当はオタクショップではなく、大型な電気屋の中にあるゲーム販売コーナーや、トイショップに行きたかったけれど、特典対象店舗が限られていて、特典があるのはオタク色全開な店ばかりだった。


 確かに、ライトユーザーや純粋にゲームを愛しているゲーマーにしてみれば、ボイスカードなんて貰っても邪魔になるだけだろうし、大型店舗だと転売屋にウェブサイトで高額転売されるリスクが高くなってしまう。


 一ヶ月前に散々悩んで決めた店の地図をスマホでチェックする。


 大事なのは、ショップに入る時と出る時だ。 そう思い、店はできるだけ人通りの少ない所を選んだ。

 勿論、聖地・秋葉原など論外。

 人が多過ぎるうえに、あそこは真の勇者の集う場所なので、私のような隠れオタクごときが簡単に足を踏み入れるのはおこがましいような気がしていた。


 人通りが少なく、けれど少な過ぎる事もない。そんな立地条件を探し、私は悩んだ結果、学校から二駅ほど離れた街にある小型店をセレクトした。


 そこは駅を出て大通りを右に曲り、細い路地に入ってすぐの雑居ビルの三階にある。 駅から近い事、けれど大通りに面しているのではなく、一端細い道に入るという点が私にとって非常に都合が良かった。


 大通りの角まで来て足を止める。

 ことは、迅速かつ冷静に行わなければならない。隠れオタク・燈子にとって初のミッション。先程から私の頭の中には、スパイ映画の主題歌が大音量で流れていた。


 朝は雨が降っている事に苛々していたけれど、今は雨でよかったと空に感謝している。 傘で顔をガードしつつ、私は手鏡を見ている振りをしながら後ろをチェックした。


 大丈夫、周りに知り合いはいない。

 今だ、走れ!


 小走りで大通りの角を曲がり、細い路地に入る。そこからはダッシュでビルの中に駆け込んだ。

 エレベーターはすぐに降りてきそうになかったので、即座に階段へと変更。階段を上りながら傘をたたみ、もう一度振り向いて後ろを確認する。


 よし。誰にも見られていないし、タイムロスもない。そのまま三階まで一気に駆け上がった。


 乱れた呼吸を整えながら三階の廊下に出ると、メイド姿の女の子が店の入り口を指差している大きなポスターが貼られていた。


 遂に!

 オタクゾーン突入。


 入り口の自動ドアを通過して、夢の空間へ私は足を踏み入れた。店内は鼓膜がビリビリする程の大音量でアニメソングが流れ、壁には一面隙間無くアニメやゲームのポスターが貼られている。


 なにこれ凄い。

 初体験のオタクワールドに胸が高鳴った。


 店全体を見渡す。綺麗な長方形の店内に、いくつもの陳列棚が規則正しく並んでいる。

 それら棚の側面には、ゲーム・フィギュア・漫画・DVD・同人誌と、棚ごとにプレートが付いていた。

 神出演の歴代作品へ足が向きそうになる欲求を堪え、周りの客を素早くチェックする。


 フィギュアコーナーに二人。

 DVDとCDコーナーに一人。

 同人誌コーナーに三人。

 

 予想以上に人が少ない。 たまたまなのか、いつもなのかわからないけれど、とにかく私にとって最高の状況だ。


 私は早歩きで真っ直ぐレジへ進み、店員に声を掛けて、予約受付完了のメール画面を見せた。店員の男性がカウンターの下から伝票とゲームを取り出し私に確認する。


「若槻様、商品はこちらですね?」

「はい」


 ゲームを確認するとすぐに俯いた。

 一度顔を見られただけで覚えられるはずなど無いのに、自意識過剰だと分かりつつ目をそらしてしまう。

 私は今オタク特典のついたゲームをオタクショップで購入するという『正しいオタクの行為』初体験中だ。

 緊張と気恥ずかしさで身体が熱くなり、背中にじんわりと汗をかいている。


「当店のアプリはお持ちですか?」

「いえ」

「ダウンロード後、会員登録して頂くとポイントを貯めれるのでお得ですよ」

「結構です」


 とにかく今は一秒でも早くこのミッションをやり切る事が先決だ。私は財布からお金を取り出し、支払う準備を整えた。


 私だって、アプリをとった方がお得になる事ぐらい分かっている。そのうえオタクショップで働いている店員さんなんて、私からすれば超レベルの高い勇者様だ。

 本来、私のような建前優先の隠れオタクごときが、澄ました顔で『結構です』なんて生意気な態度をとっていい相手ではない。


 それでも今は!

 今は!

 お得感よりも、どうか時間短縮を優先させて頂きたいのです勇者さまぁあああぁあーー。


 突如キモオタスイッチが入った私は心の中で絶叫する。

 けれどそれを表情に一切出すことなく、もう一度冷静に「結構です」と微笑んだ。


 建前上、私はあくまでクールビューティでなければならない。自分で自分を『ビューティ』などと言っている時点で、ちっともクールではないけれど。


 私は超特急で精算を終え、この手でしっかりと本日の戦利品が入った袋を握りしめた。


 ゲットしたぞ〜! 

 特典は神のボイスカードォオオオゥ。

 オオゥウ〜オオ〜ゥウ〜!!


 キモオタの舞を心の中で披露しつつ、何事も無かったかのように店員さんに会釈をして店を出た。


 しかし、本当は雄叫びしてガッツポーズしたいほど私は猛烈に興奮している。隠れオタクの身である私が、オタクショップで戦利品を手にしたのだ。


 この興奮をどう鎮めればいいか分からず、廊下で右往左往していたが、まだこの段階で興奮などしている場合ではなかったことを、しばらくして思い出した。


 そうだ。

 ミッションはまだ完結していない。


 このオタクショップの建物から速やかに退避し、一秒でも早く家に辿りつかなければならない。

 ようやく本来の目的を思い出した私は、深呼吸して、階段を一目散に駆け下りた。


 途中、ふと自分の手が握り締めている戦利品の入った袋に目をやる。どぎつい蛍光グリーンの袋に、極太のゴシック体で『オタク天国』 と印字されている。


 どう考えても、隠れオタク即死案件だ。


 一階のエントランスに出る前に、私は無心でその袋を鞄に詰め込んだ。そして速やかにビルを出て傘を開き、大通りまで一気に走る。そのまま角を曲がって道の端に寄ると、いったん足を止めて慎重に周りをチェックした。


 大丈夫。

 今も知り合いはいない。


 雨のせいもあり、普段より人が足早に通過している。傘で顔も自然に隠す事ができ、周りを気にしている人は誰もいなかった。


 完璧!


 ゲームを手にした嬉しさと、ここまでやり遂げた満足感が胸に広がり、大きな感動の波が胸に押し寄せてくる。


 ヤダ。泣きそう。


 オタクの神様、やり遂げました!

 若槻燈子(十七歳)、任務完了です。勇者様には程遠い『隠れ』 の身ですが、いつか聖地で必ず任務を果たしたいと思います。


 聖なる方向を見つめ、心の中で強く叫ぶ。


 聖地・秋葉原に敬礼!!



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