act…18
高杉に家まで送ってもらい、ご飯とお風呂を済ませ、私はスマホを握り締めて考える。
かけようかな、電話。
もう、声が聞きたい。
今までは、かけたい時にかけ、好き勝手していたくせに、急に気軽に電話をする事ができなくなった。
「どうしよう。てゆーか、高杉からかけてきなさいよ」
そう思うと、落ち着かない心に苛立ちが加わり、私は爪の先でスマホの待受画面をトントンと叩き始める。
いつも私が電話して、私が一方的にしゃべって、なんだか自分ばかり必死な気がして腹が立つ。
スマホを叩く指の動きが次第に速くなり、部屋中に異様な高速トントンの音が鳴り響いていた。
「あー。もう!」
駄目だ。
このままだと私の人差し指が、腱鞘炎になってしまう。私は机にスマホを置き、いったん離れようと思いベッドに腰掛けた。
「そうだ、神の出演アニメを見よう。高杉の事なんて、しばらくは思考回路から追い出してやる!」
熱いバトルシーンとエモい人間関係が最強のアクションアニメにしよう。限定盤ブルーレイボックスをクローゼットの奥から引っ張り出して再生する。
「オープニングも最高なんだよね」
呟きながら、気付けば私は机のスマホをチラ見していた。相変わらず、画面は真っ黒のまま何の通知も届いていない。
「神の台詞が、刺さるんだよねー。あのシーンを何回リピートした事か……」
そう言いながらも、胸の奥によみがえる音は高杉の声で……。
『あなたがそんな風に泣きたい時は、呼んで下さい。すぐに来ます。必ず来ます』
「泣きそうな時以外、呼んじゃダメってこと? ヒーローはピンチに駆けつけるものだけど……別にずっと傍にいちゃいけないルールなんて無いんだし」
あんな風に泣いた後なんだから、高杉から電話かけてきなさいよ。
無性に寂しくなって、私は腕を伸ばし手のひらをスマホに向ける。そして、思い切り念を飛ばしてみた。
「高杉、かけてこい! かけてこい、かけてこいカケテコイー」
呪文のように何度も唱えてから、結局、私は一人で何をやっているのだろうと我に返る。
なんだか、悔しい。
「若槻 燈子は、クールビューティーで通ってるんだから!」
誰に向けての宣言なのか。
分からないけれど、叫ばずにはいられない気分だった。
「モデル雑誌の読モ人気投票で、断トツ一位に輝いた事だってあるんだから!」
本格的にモデルにならないかというお誘いを、あえて断るスタンスなんだから……。
「どうして私が、こんな思いしなきゃいけないのよ。高杉のバカ! バカバカバカ! あんたなんか好きじゃない!」
好きじゃないけど……やっぱり好き。
「もうヤダ」
たくさん恋愛をしている人は、いつもこんな想いと戦っているのだろうか。誰かを好きになるたびに、こんな想いをしているのだろうか。
そう思うと、カッとなった思考が少し冷却される。
「初心者だもんなー、私」
神以外の誰かに、心を奪われる事があるなど思いもしなかった。私は机の上のスマホをとり、両手で握りしめてベッドにゴロンと転がる。
「知らなかったよ。こんな気持ち」
言葉と同時に、なぜか涙が溢れてきて、昨日までの強いはずの私はどこへ行ってしまったのだろうと不思議になる。
私は弱くなんかない。
簡単に、泣いたりなんかしない。
そう思うのに、ただ声が聞きたくて、たったそれだけの事に涙が溢れてくる。
これ以上涙がこぼれないように、きつく瞳を閉じて眠った。
*
学校帰りにパンケーキが美味しいカフェに寄り、化粧品や洋服の話で未央達と盛り上がる。その後三人と別れて地元の駅まで戻ってきた私は、ふと、高杉の家に行ってみようと思いついた。
「だって」
今日はずっとバタバタしていて、理科準備室で昼休みに話す事ができなかったのだ。
「ちょっとだけ」
場所を確認するだけだし。
「ちょっとだけ」
離れた位置から眺めるだけだし。
そこまで考えて、ハッとする。
もしかして。
いや、もしかしなくても私……。
「めちゃくちゃキモい事を、しようとしている」
呼ばれた訳でもないのに、家の場所を確認して、更には少し離れた位置から眺めようとしている。
もう、弁解の余地もない。
「純度百パーセントのストーカーじゃん!」
思わず大声で叫んでしまい、斜め後ろを歩いていたらしいサラリーマンが、「は? ち、違います!」と困惑して走り去って行った。
「あ……」
リーマンさん、ごめんなさい。
あなたの事をストーカー扱いした訳ではないの。申し訳ない気持ちになって、私は心の中で深くお詫びする。
これは全部、高杉のせいです。
高杉が、電話をかけてこないのが悪いのです。あいつは、学校でも全然こちらを見ません。私が以前、こっち見んなと注意したからなのですが……。
それにしたって、電話くらいかけられると私は思うのです。
こう見えて私は恋愛初心者で、もうどうしていいか分かりません。
その……。なんと言うか、高杉は……私の事を、どう、思って、いるのでしょうか。
もう見えなくなったサラリーマンの背中に、私は心からの謝罪……を忘れ、一方的な恋愛相談をし続けていた。
まさか、恋がこんなにややこしいとは思わなかった。 もっと、簡単にできるものだと思っていたのだ。
「だって……」
私よりお馬鹿そうに見える人達が、みんな楽しそうに恋をしている。
「全然、ダメじゃん私」
落ち込む私の横を、やたらと楽しそうなカップルが通り過ぎて行く。
「ねぇ、なんだと思う〜」
「なんだよぉ〜」
「教えて欲しい〜?」
「教えろよ〜」
手を繋ぎ、並んで歩きながら、お互いの顔を見つめ笑い合っている。
「どうしようかなぁ〜」
「教えろよぉ〜」
「えぇ〜」
そして、仲睦まじく、語尾が伸びきった会話を続けている。
このバカップルめ!
私なんて昨日からずっと、高杉からの電話がないというのに……。このバカップルときたら、やたらと語尾の伸びきった会話を楽しそうに。
「教えろよぉ〜」
「どうしようかなぁ〜」
「なんだよ〜」
そのうえ、何について話しているのか若干気になるのがまた癪に触る。
「そんなに教えて欲しい〜?」
「教えろよぉ〜」
さっさと教えなさいよ! 彼氏の方だって、もっと強引に聞き出しなさいよ! 何の事か知らないけど。
何やってるのよ、さっきから! それだけ会話のラリーして、結局なんにも分からないままじゃない! ちっとも進んでないから! 私だって、高杉と手を繋いで歩きたいとか思ってないし! 別に、あなた達のこと羨ましいとか思ってないから!
「ねぇー。見てぇ、あの人。 なんか私達のこと、ずっと見てるぅ〜」
カップル二人にこちらを向かれ、私は急いで視線を逸らした。
「やだ、怖いねぇ〜」
「気にすんなってぇ〜」
クスクスと笑って、また歩きだす。
何よ、高杉はお利口だから、あんた達みたいに語尾をやたらと伸ばさないのよ!
高杉は奥ゆかしいの。
あんた達みたいに人前でイチャイチャしないタイプの男なんだから。
心の中でそう息巻いてみても、何だか負け犬の遠吠えみたいでへこんでくる。 遠くから、本物の犬の遠吠えが聞こえてきて、この散々な気持ちに拍車をかけた。
その時、ポケットの中のスマホが振動した。
急いで取りだすと、ディスプレイに着信・高杉の文字。
見なさい、バカップル!
これが私の実力。
このタイミングで着信・高杉なんて神過ぎる。
張り切って電話に出た私は、スマホから聞こえた声に固まった。
「もしもし。 トーコさん?」
それは初めて聞く声で、高杉とは比べ物にならないほど魅力の無い声だった。
「誰……?」
私は、電話の相手に問い掛ける。
「登録名トーコさん。あんたこそ、何でこいつに毎日電話かけてんの?」
声の主は、馬鹿にしたような口調でそう尋ねてくる。
「高杉は? 何で高杉のスマホ持ってるの? 誰よ、あんたっ!」
焦って強い口調で言い返すと、その声は静かにこう答えた。
「俺? あいつの、弟だけど」
→19話につづく
*高杉の弟が登場します。
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