体育祭のルーザー
ーー負けた。
俺の一生を懸けた体育祭は、敗北で終わった。
何でこんなに悔しいのだろうか。
俺は今まで、自分に誇れるものは何もなかった。
勉強も趣味で始めた読書も、全部中途半端で終わった。
ただスポーツだけは誰にも負けない自信があった。
綱引き、大縄跳び、騎馬戦、と、接戦を繰り広げ、種目は最終種目のリレーへと変わった。
アンカー手前の走者は二位、一位とそれほど差はない。
バトンを受け取り、一位を追いかける。距離を徐々に詰めていき、並走状態に。
あと少しだった。
あと一歩のところでわずかに差をつけられ、二位のまま敗北した。
体育祭に懸けたこの思いは、一体どこへぶつければ良いのだろうか。
誰もいない屋上で、俺は一人、黄昏ていた。
そんな俺を見かねてか、担任の女教師が缶コーヒーを片手に近づいてくる。
「少年、ナイスファイトだったな」
担任は缶コーヒーを差し出す。
「運動後に熱々のコーヒーは飲めませんよ」
「安心しろ。アイスコーヒーだ」
「ってか運動後にコーヒーは合わないでしょ」
「人によるさ。第一、私はコーヒー派だ」
相変わらずこの先生と馬が合わない。
何を考えているのか分からない、不思議な先生だ。
「少年、悔しいか?」
「……俺は、この体育祭で何かを残したかった。特別な何かを残したかった。この三年間、友達もできず、一人で、思い出なんて何もなかった。
せめて最後の体育祭、俺は……勝ちたかった」
気付けば、涙が流れていた。
「君は意外と熱い奴だったんだな。なら、ホットコーヒーを買うべきだった」
「そういう問題では……」
そう返すだけで精一杯だった。
先生は俺のすぐ横に来た。
「君は今回の体育祭で負けた。一二年の頃の君は、本気を出さず、目立たないように振る舞っていた。それに比べれば大きな進歩だ」
「でも、負けました」
「勝ち負けはさほど重要じゃない。大切なのは、結果から何を得たか。君はこの体育祭で何を得た?」
今までずっと、一人だったから。
でも、この体育祭で、このクラスで知った。
自分を受け入れてもらうことがどれだけ嬉しいことなのか、本気で戦えることがどれだけ楽しいことなのか。
「先生、ありがとうございます。おかげで、俺は大切なことを思い出せました」
「良い顔になったな。私と結婚しないか」
「魅力的な提案ですね」
「おいおい断ってくれ。さすがに捕まる」
「大丈夫ですよ。もう卒業ですから」
「本気か?」
「はい。先生がいたから、俺は立ち直れた。だからーー」