評価が少ない長編作品を書き上げて、思うこと
評価が少ない長編作品というと、どんなものを思い浮かべるでしょうか。
私がさきほど、完結投稿ボタンぽちりした作品。
150万字以上333話で、52pt、ブクマ17。
もちろん、感想もレビューもゼロ。
私のオリジナルの処女作です。
今年の8月から11/19まで、毎日投稿したものです。
評価が少ない長編作品の部類に入るものだと思います。
今思い返しても、妥当な評価だと思います。
読みにくい文章だし、構成もよくわからず書いてる。
だらだらと余分な話が多い。
流行りの要素は一切無い。
鬱展開も散在している。
そして、めちゃくちゃ地雷が多い。
なんなら、作者である私の地雷も踏み抜いている。
反省しつつ改稿もしたのですが、構造的な欠陥が大きくて直しきれなかったり、結局私が書きたいものを我慢できなかったり。
ユニークアクセスが少ないから、アクセス解析見てるとわかるんですよ。
三日にいっぺんぐらい、地雷原にチャレンジして散っていかれる方がいらっしゃる。
骨を拾って、ねんごろに弔うわけです。
あぁ、10話超えるの難しいよね、とか。
30話まで、がんばりましたね、とか。
極稀に数日かけて数百話爆走される方がいらっしゃったりして、無事をお祈りするわけです。
ブクマ維持してくださった17名の方はすごいですよ、ほんと。
まさに猛者。
十七人の侍、みたいな。
新撰組でいうなら土方歳三にくっついて五城郭まで行った人たち。
鶴ヶ城でいうなら、白虎隊。
タイタニック号でいうなら生き残った二等船客の男性たち。
そんなものをなぜ投稿し、そして投稿しつづけたのか。
もともと、エディタとしてなろうが使いやすかったので、そこで思いついたお話を書いてみたのが発端です。
下書きのまま書き続けていたのですが、次話へのリンクもないし、話の順番も調整しにくくて、私が読みづらい。
だから投稿すれば、読みやすくなるだろう。
最初は、それだけの気持ちでの投稿でした。
投稿したのは全体の半分くらい書いた段階だったと思います。
もう、ほんとね。
右も左も全くわからなかったのです。
最初に67話、一気にあげました。
書きためてたやつを、力尽きるまでただ投稿しただけです。そのあと寝て起きてまた投稿してましたね。
ランキングとか、更新話の仕組みとかは知りませんでした。ブクマや評価の存在は、うっすら知っていたと思います。感想とかもらえるといいなって、無邪気に思っていたりしました。
そして、予約投稿を使いつつ、自分の性癖の赴くまま、書きたいように書きまくったのですけれど。
評価もブクマもつかないわけです。評価はともかく、ブクマ増えないのは、へこみましたね。
自分が書きたくて書いたとはいえ、読みやすくするために投稿したとはいえ、それでも自信がなくなります。
奇跡的に、最初に67話あげた時にブクマしつつ★3くれた人が一人いて、途中まではそれを心の支えにしてました。今でもその方には感謝してます。きっと、頑張れっていう応援の気持ちをこめて、評価してくれたのかなと勝手に解釈してました。
あとは十七人の侍たち。
彼らが生きているとは限らない。それはわかってます。
弁慶さながら、カッと目を見開いたまま討ち死にしてる可能性だってあるわけです。
でも、数字としていらっしゃる以上、無下にはできない。
今ならわかる、弁慶は死後も義経に勇気を与えたんですよ。あれが史実かどうかとかは、どうでもいいんです。
などと、外的要因はそれなりにあるのですが。
結局、最も大きかった私の執筆のモチベーションは、作品のキャラクターでした。
特に主人公。
哀れで愚かで気が狂ったような主人公をどうにかして、最後までつれてってやりたい。
地獄のような状況の中で希望を信じてる主人公に報いてやりたい。
俺たちの明日はどっちだエンドではなく。
打ち切りエンドでもなく。
当初思い描いたエンド通りのものを書いて、きっちりと結末まで導いてやりたい。
そして、書き上がった結末を、私が見たい。
ただひたすら、衝動に突き動かされながら、主人公のために書き続けました。
すべて書くべきものを書ききって、最後に【完】とうちました。
すごく、きれいに終わらせることができました。
さらに続きを書くなど愚の骨頂。
番外編すら必要ない。
とても満足する終わり方でした。
それが二ヶ月前のことです。(書き溜めがたくさんあったので、完結後に全部投稿し終わるのに二ヶ月かかってます)
そうして、達成感とともに思ったわけです。
たまらなく、孤独だと。
あの話を書いていた五ヶ月間、常に私の側に必ずあの話がありました。自分の中に埋まる話を掘り出して引きずり出して、キャラクターを歩ませる。
思い描いた理想のお話が、自分によって生み出されていく。
悩んだこともあったし、大変さを感じた時もありました。
それでも、充実していました。
なにより、あれほどの恍惚にも似た感覚を、私は他に知りません。
本当に楽しかった。
それがもう、どこにもないのです。
書き上げてから二ヶ月間、処女作をさらに推敲&投稿するかたわら、他作品を執筆しました。それはそれで楽しいです。
けれど、処女作を書いていた時ほど強烈に、作品が自分に内在する感覚に辿り着けないのです。
他作品で、処女作よりも多い評価をもらうこともありました。それは、すごく嬉しいことで、ありがたいと心の底から思いました。
でも、どんなポイントもPVも、あの感覚には代えがたい。
あの話を書いていた時の高揚感には届かないのです。
いくつか作品を書き、このサイトにも多少詳しくなった今ならわかります。
どんな作品が受けやすいのか。
どんな作風が受けやすいのか。
どんな宣伝が効果があるのか。
でも、そんなことは瑣末なことです。
あの痺れるような創作の喜び。
あれはどうすれば、また得られるのか。
キャラクターをもっと深堀りすればいいのか。
また長いお話をじっくり書けばいいのか。
きっと、私が本当に欲しいものは、ひたすら自分が好きなものを書き続けた先にしかないのかもしれません。
そう信じて、渇望にも似た衝動のまま、今日もお話を書いています。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この中の何人かの方は、私の名前を辿って作品一覧をごらんになるかもしれません。
そして、そのときに。
「は? どういうことだ?」
そう思った方。
ぜひ、こうお考えください。
地雷原に踏み込まなくてよかった、と。
「あ、把握」
そう思った方。
ぜひ、地雷原の隔離にご協力ください。
あえてSAN値チェックする必要はどこにもないのです。