01話.[私だというオチ]
委員会に所属しているからという理由で受付に座っていた。
この学校の生徒はほとんど図書室なんて利用しない。
来た生徒の中で1番最低な理由は隠れ場所と利用したい、だ。
「でさ、今度の英語の授業でやっと藤原君と隣になれるんだよね」
「いいなー」
一緒にやってくれているのは友達の能木真夕。
彼女も同じ図書委員だからまあおかしなことでもないんだけど。
「そろそろ鍵を閉めて――」
「あのっ、利用してもいいですか!?」
もう終わりのタイミングで男の子が突っ込んできた。
「うわぁ……空気読めないなあ」と明らかに迷惑そうに真夕は言う。
「可哀相だよ、私が鍵を閉めて返しておくから真夕は帰ってていいよ」
「あ、じゃあ頼むね、それじゃ」
ここでしっかり帰るところが真夕らしい。
「あの……」
「あ、大丈夫だよ、ゆっくり選んでくれればいいから」
「あ、ありがとうございます」
個人的には図書室を普通に利用してくれるだけで大歓迎だ。
1年生と3年生の図書委員はやる気ないから毎週受付にいなければならないし。
お昼休みと放課後、17時まではいなければならないから助かる。
「えっと1年2組、20番、柏田知です」
「はい、えっと……1年生の柏田さんですね、貸出期間は1週間なので来週の金曜日までには返してください」
「わ、わかりました」
たまにきちんと正しい日本語を言えているのか不安になる。
もし指摘する人がいたらそこは違う! となにかを言う度にぶつけられそうだった。
「帰ろっかな」
もう17時を過ぎているから問題もない。
それでも一応5分ぐらい待ってから図書室から出て、きちんと鍵を閉めた。
それを職員室に返して、ひとり帰路に就くことに。
「あのっ」
「うん? あ、さっきの」
背が高くないというのもあるけどなんか可愛い。
男の子に言うことではないから口にすることはしないけども。
「あ、気にしなくていいからね? あの子は誰に対してもあんな感じだから」
「それは大丈夫です、ぎりぎりに行った自分が悪いですから」
「気にしなくていいよ、私は毎週いるからいつでも来てね」
あそこにいるのは嫌いじゃないから構わない。
ただ、真夕の方はどうしても我慢ならないようだ。
あそこには地味に先生もいるからひとりでいいって許可を貰っているんだけどね。
「あ、名前を教えてくれませんか?」
「私の? えっと、小島……だよ」
名前は意地でも言いたくない。
なんで両親はこんなに合わない名前にしてしまったのか。
「えっ、すみませんっ、名前が……」
「ま、まあ、必要ないことでしょ? え、なに? 名前を知ってなにか得なことってある!?」
「い、言いたくないならいいです」
良かった、これでとりあえずは恥を晒さなくて済む。
いやあのさ、猫ってなに? もっと可愛い系の人間ならともかくさあ……。
名前を知られると確実に笑われる、必ず小島にいる猫かよって言われる。
だから安易に名前を口にすることは避けていた。
「それじゃあね、気をつけなよ?」
「はい、先程はありがとうございました!」
「お礼なんかいいよ、あ、また図書室を利用してくれるとありがたいかな」
「毎日行きます!」
「冗談冗談、無理しなくていいからね」
……毎日来てくれたら話し相手になってもらえそうでいいな。
仲良くなっておけば……もしかしたら、ねえ? いい候補になるかもだし。
もうこの年になると相手が後輩でもがつがつ行くしかないんだ。
それに柏田くんは可愛くていい、生意気な感じというわけでもないから。
「ただいまー」
「おかー」
「もう、なんで家にいるの……」
当たり前のように真夕が家にいた。
飼い猫であるシロクロウを勝手に撫でている。
「猫、おかえりー」
「ぐっ……シロクロウみたいに可愛くないよ」
「いや、猫は可愛いと思うけど」
紛らわしい、確かに猫は可愛いけど。
「お母さんは?」
「舞子さんなら買い物ー」
「そっか」
それなら変に家事をしたりしなくてもいいかな。
このタイミングでなにかを買いに行ったということは作りたいなにかがあったということだろうし。
「藤原くんと隣になれて羨ましい」
「ふふーん、いいでしょー」
藤原くんは格好いい人だ、こうとしか言えないのは語彙力がないからしょうがない。
みんなに優しくて、高身長で、常に周りにはそこそこの人がいて。
そういう目では見てもらえないだろうから友達として仲良くなりたいと思う。
が、残念ながら自分から行くのは無理だ。
「だって藤原君はすぐに名前で呼ぼうとするもんねー」
「うぅ、そうだよ……」
教室で猫とか呼ばれたら軽く死ねる。
いきなり名前を出すとみんな「え、なんで急に猫?」となるから。
「なんだろうね、相手がイケメンだとすぐに名前を呼ばれても嫌じゃないんだよね」
「私も猫って名前じゃなければいいんだけど」
猫って名前じゃなければ嫌いな人でない限り呼んでくれても構わない。
対する真夕はそういうのを一切許せないタイプだ。
それでも※イケメンに限るというやつで例外もあるわけ。
「でも、気にしなくていいでしょ」
「真夕は名前も可愛いからいいじゃん」
「猫も可愛いって」
確かに響きは可愛いんだ。
ただ、背も中途半端だし、容姿も並だし、夜が得意というわけでもないし、なんなら夜は苦手なぐらいだし、スタイリッシュな動きもできないし。
「それより帰りなよ、もう暗くなっちゃうよ?」
「猫に送ってもらうから大丈夫」
「い、いや、怖いんだっ――」
敢えて真っ暗になってから送らされる羽目になった。
送っているはずなのにその主に抱きついて歩いているっておかしいでしょ。
なんで猫なのに慣れてないの? 夜目だけは無駄に良くて色々見えて怖いよ!
「あははっ、送ってくれてありがとー」
「ま、真夕っ、送ってよ!」
「嫌だよーんっ、それじゃあねー」
ぐぅ、それでも留まっているほど怖くなるのも事実。
変な人に遭遇してしまう前に帰らなければならない。
幸い、真夕の家からはそう離れているわけではないから。
なるべく早く帰るためにショートカットなどを利用して自分にできる最速を目指す。
ただ、今日はルート選びというやつを失敗したのかもしれない。
「地面がぬかるんでる……」
ぐじゃぐじゃで最悪だ。
幸い、しっかりと見えるから転んだりはし、
「小島先輩?」
「ぎゃあああ!?」
ないはずだったのにすっ転ぶ羽目になった。
「うぅ……」
「す、すみませんでした!」
後輩に謝らせたままなのも申し訳ないから立ち上がる。
残念ながらどろどろのぐしゃぐしゃだ、これは簡単には落ちない。
まだ制服じゃなくて良かった、これからも帰ったらすぐに着替えるようにしよう。
「ご、ごめん、みっともないところを見せちゃって」
「いえ、あっ、すぐに帰らないと汚れが……」
「大丈夫大丈夫、お風呂で洗うから」
髪とかも泥でコーティングされているから急いでもって感じ。
「それよりこんな時間に出たら危ないよ」
「それは小島先輩の方ですよ、小島先輩は女の子なんですから」
「あははっ、心配してくれてありがとう」
ここは泥も滴るいい女ということにしておいてくれないだろうか。
ただ、早く帰らなければならないのは確かだ。
普通に怖い、だからって送ってくれなんて言えないけど。
「それじゃあね、気にしなくていいから」
「お、送りますっ、なんか不安ですからっ」
「年上なのに送ってなんかもらえないよ、それに怖がりでもないし」
男の子だからってなんにも巻き込まれないというわけではないのだから気をつけてほしい。
「小島先輩っ」
「ぎゃっ!?」
いきなり真横に現れたら心臓が飛び出そうになるって。
意外と頑固な子というか、積極的な子なんだなってまたひとつ柏田くんについて学んだ。
「送らせてください、別に家を知ってなにかをしようとしているわけではないですから」
「あ……じゃあ、お願いしようかな」
「はい」
迷惑をかけておきながらなんかいいなと考えてしまう女の脳。
でも、先輩としては終わったようなものだからな。
もっと何事にも動じないような人間だったら良かったんだけど。
「あ、ここだよ、送ってくれてありがとね」
「あの、今度洋服の値段とかを教えてください、払うので」
「いいよ、これを凄く気に入っているとかじゃないんだし、送ってくれただけで十分だよ」
真夕ぐらい適当な感じでいてくれればいいと思う。
あまりに律儀すぎると逆に一緒に居づらくなってしまうから。
「そうですか……。とにかくっ、今日は本当にすみませんでした!」
「謝らないでっ、余計に惨めな気持ちになるだけだから!」
「わかりました、これで失礼します」
「うん、気をつけてね」
はぁ、普通に仲良くできればいいけどどうだろうか。
「ぶっ、あははっ、見てこれっ」
「もうっ!」
今日はずっと金曜日のあれでからかわれていた。
母が写真を撮って真夕に送信、真夕はそれで飽きずに盛り上がっているというわけだ。
「というか、ここはひとりでやるからいいよ」
「そうなん? あれでも、ふたりでやらなければいけないんじゃ?」
「他の人が全然やる気ないんだから私に任せてくれればいいよ」
「それじゃあ戻ろうかな! 藤原君とも話せるようになったし!」
こうしている間にも真夕は格好いい子とどんどん仲良くなっていく。
対する私はぼけーっと言っては悪いけど誰も来ない図書室の受付に座っているだけ。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
正直に言って本当に来てくれるとは思っていなかった。
柏田くんはそのまま受付に1番近いところに座ってこっちを見てくる。
「泥は大丈夫でしたか?」
「うん、お風呂場で格闘してなんとか勝ったよ」
まだ乾いていなかったからこちらに勝機があった。
あのまま送ってもらわないことを選んでいたら負けていたから、素直にならないとね。
「小島先輩は夜が苦手なんですか?」
「うん、恥ずかしいけどそうなんだよね」
単純に暗いところが苦手だし、逆に鮮明に見えすぎて怖い。
後半のそれだけは猫と言えるのかもしれない、夜行性じゃないから無駄な能力だけど。
昨日は背後から急に声をかけられ、つるっと滑って、背中から地面に包まれることになった。
あのことからも怖いのは確かなようだ、誰であってもそうかもしれないけどね。
「あと昨日の先輩から聞いたんですけど、名前がね――」
「まあまあ、どうせここに来たのなら本でも読もうよ」
まだお昼休みだからこの後に授業がある。
なのに複雑な気持ちになんてなっていられない。
くっそぅ、真夕め余計なことを柏田くんに言ってぇ……。
「あと無理して来なくていいからね、あんなの冗談だから」
なんでも真っ直ぐすぎても一緒にいるの疲れるんだなあと。
真夕のことは適当すぎだといつも考えていたけど、あの雑な感じがいいんだろうなあと。
というのも、自分がそういう風に生きられていないからだ。
「金曜日のことも気にしなくていいから、あれは情けない自分が悪いんだし」
最短ルートを選んだ自分が悪い。
木曜は雨が降っていたのだから避けるべきだった。
それで結局声をかけられて驚き、そしてすっ転んでいたら話にならない。
「もしかして……嫌いになってしまいましたか?」
「え? ううん、そうじゃないよ」
そもそも嫌えるほど柏田くんのことを知らない。
しかも話し始めてからの対応も寧ろ誠実で嫌える要素がなかった。
ただ、年上として無駄なことに時間を使わせないようにしなければならないだけ。
「そうだ、手を出して?」
「はい――ん? これは……」
「飴ちゃん、ここでは食べちゃ駄目だよ?」
誰でも食べられるであろうコーラ味だから大丈夫。
あの独特のなんとも言えない甘さが癖になる感じだった。
「来たいです、小島先輩がここにいるなら」
「うーん、柏田くんが来たいなら来てもいいけど……」
「来ます、毎日行きますって言いましたよね?」
「まあいいけどね、私の場所というわけでもないし」
ある程度は読書をしてくれると嬉しいかな。
お喋りするためならちゃんとやっているとは言えないし。
先生もそんなに深く考えなくていい、いてくれるだけでありがたいと言ってくれているけど、どうせいるなら図書委員らしく活動していたいから。
「教室にはちゃんと友達いるの?」
「はい、幼馴染の異性がいるので」
「そうなんだ? それはいいね」
それじゃあ無理じゃん……。
幼馴染って昔からずっと一緒にいるから理解度が違いすぎる。
例えばこの後、何度も彼が来てくれても虚しいだけに終わるかもしれない。
いや、それだけではなくそこそこ知ることができてしまうだけに辛いことになるかも。
って、怖いのは私だというオチだよね、狙おうとしちゃっているんだからさ。
「いつもしっかりしろと言ってくれるので助かっています」
「おぉ」
だからこそこんな感じになったんだろうか。
それは自分にとって理想的な存在にするための――変な風に考えるのはやめよう。
多分、言われてなくても彼は気をつけていたと思う、彼の生き方がこうだったというだけ。
「じゃあ怒られるんじゃない? こんなところにいたら」
「どこに行っていたのかと凄く聞かれました、素直に答えましたけどね」
あまりに頻度が増えたら突撃してくるフラグじゃん。
巻き込まれるのはごめんだぞ、懐いてない猫のようにすぐに逃げちゃうよ。
あ、だけど彼は鈍感そうなところもありそうだ。
あくまで想像だけど、露骨な行為にもなんでだろうとか考えそう。
で、ずっと一緒にいる幼馴染さんは困るしかないというか、容易に想像できるな。
「いけないことをしているわけではないですからね」
「でも、その子がそう思うかどうかは別じゃない?」
本を読むために来ているわけではないとわかったら、自惚れかもしれないけど私がいるから来てくれているのだとしたら幼馴染さんは怒るかもしれない。
「僕は自分の意思で来ているので、幼馴染は関係ありませんよ」
「柏田くんはそうかもしれないけどさ、その幼馴染の子にとっては――」
「ここにいたのね」
ぎゃあ!? なんか急に来た!?
彼の横に躊躇なく座り、彼と同じようにこちらを見てきた。
「初めまして、私は廣瀬一美と言います」
まさかこんなに早い段階で仕掛けてくるとは思わなかった。
大丈夫だよ、私なんかは彼には相応しくないから。