最終話
"ピンポ~ン、ピンポ~ン"
くり返し鳴らされるリズミカルなチャイム音に、ようやくスチール製の青いドアが重々しく開かれる。
数センチ程の僅かな隙間から様子を伺う様に顔を出した男性は、勢いよく引っ張られるドアと現れた見慣れない女子校生達の姿に口を開けたまま固まってしまう。
「えっと、あの…ど、どちら様です…か」
「こんばんは。突然すみません、少々お邪魔しても宜しいでしょうか?」
芙美は見惚れるような淑やかな笑顔を讃えながら不躾に告げると男性の返事を待つ事なくずかずかと足を踏み入れると、その後を琴と孝美も戸惑いながらも付いて行く。
「えっ?!?!ちょ、ちょっと!!何なんですかいったい!!!」
男性の言葉を無視して芙美は室内を見回す。
一人暮らしの部屋はお世辞にも綺麗とは言い難く、衣服や食べ掛けの食料が呆れる程に散乱していた。
乱雑に散らかった部屋の中でふと芙美は足元に転がっている鉄アレイに目が止まった。すると迷い無くそれを拾い上げると手にしたままベランダへと向かった。
「こっちね」
そう言うと芙美は隣室との境まで行き、手すりから身を乗り出した。その様子に琴と孝美だけでなく男性も慌てる。
隣室は明かりが点いているのだが、中の様子を伺い知る事は出来ない。その次の瞬間、隣室からは悲鳴のような叫び声が聞こえた。
「ぎゃぁーーーーーーっっっつ!!!!姉ちゃん助けてぇっつ!!!!」
それは聞き覚えのある、弟大倭の声だった!
芙美は直ぐさま隣室との境に設けられた薄い仕切り板を蹴破ると手にしていた鉄アレイを窓硝子に向けて勢いよく投げつけた。硝子窓は大きな音を立てながら砕け散る。辺りには硝子片が無惨に飛び散っているが、芙美はお構い無しに踏みつけその部屋の中へと突入した。
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耳を劈くような大倭の叫び声と共に大きな音を立てて飛び散る硝子片に、捺は何が起きたのか分からず動く事が出来ずその有り様に目を見開いている。
愛するキャラクターのポスターや切り抜き、フィギュアやグッズに彩られた捺の空間に緊急事態が起きた事に脳が判断する頃には全てが手遅れだった。
「うちの弟に何してんのよ!!!!」
「ぎゃあっ!!!」
芙美は飛び込んで来た勢いのまま、捺の真正面から蹴りを入れた。身構える余裕も無く強烈な衝撃を受けた捺は、鈍い声を上げながら2度3度と転がると壁にぶつかり絨毯の上へと倒れこんだ。
「ね、ねぇちゃ~ん!!!!」
突如現れた姉芙美の姿に大倭の身体は歓喜に震えた。
「大倭!!!大丈夫?!!!」
「大丈夫、怪我は無い?!」
琴と孝美は急いで大倭へ駆け寄ると、手足を結んでいる紐を解いた。きつく結ばれていたせいで大倭の肌には赤い跡がくっきりと滲む。
手足を拘束していた紐が解かれると大倭は一目散に芙美の腰に縋り付き声を上げて泣き出した。
「ねぇちゃ~ん、恐かったよ~おれ、俺もう殺されるかと思った~っっ!!!」
涙と鼻水でグショグショになった弟の情けない姿に、芙美は幼稚園の頃の姿を重ねて可笑しくなった。
「ね、姉ちゃん…?!どういうこと…」
その様子に捺は動揺を見せる。
「うちの弟をどうするつもりだ」
芙美は見下ろすように捺を睨み付けると、これまで聞いた事も無い低い声で唸った。
「……な、なんでここが、分かったのよ」
芙美に蹴られた箇所が痛むのか、捺は胸の辺りを抑えながら上体を起こすと揺らぐ瞳で芙美を見上げた。
「匂いよ」
「匂い…?」
「公園で襲われて揉み合ってる時に犯人が女だって気付いたわ。その時にね豊田のおばちゃんが使っているお香の匂いが犯人からしたのよ。あのお香は豊田のおばちゃんのお気に入りで売っている物とは別に自分用に特別に取り寄せてるって言ってたわ。それが犯人からしたって事は、犯人が豊田のおばちゃんか若しくはいつも一緒にいる人物しか考えられなかったわ。だから、おばちゃんに連絡をしてこの家の住所を聞いたのよ」
「……そんな事で」
「おばちゃん…泣いてたわよ」
「………。」
「あれだけ探しても犯人を見付けられなかったはずよね。だって犯人のあなたはずっと私達の直ぐ側にいたんだから」
芙美の言葉を聞いても捺は黙ったまま表情を変える事は無かった。
「お店の配達車を使えばどこを彷徨いてもこの町の人達は誰もあなたを怪しまないものね。襲われた時いつもそこに居たのにね」
「ああぁ~っもうほんと嫌!!!私はね、あんたみたいな女が1番嫌いなのよ!!!」
捺は突然大きな叫ぶと堰を切ったように続けた。
「私はね!あんたみたいな優等生の暴力系ヒロインとか見てるだけで虫酸が走るのよ!!たいした努力もしないで美人に生まれて友達やイケメンに囲まれてのうのうとして、そのクセ威張って上から目線の態度で偉そうに!!だいたい、そこの眼鏡が私のオグニの写真を無断で売り捌いたりしたから、罰を与えただけじゃない何が悪いのよ!!」
「なんですって!!私がどんなに怖い思いをしたか分かってるの!!!」
「そんなの知らないわよ!自業自得じゃない!!」
捺の言葉に怒りで詰め寄ろうとする孝美を琴は抱きかかえる様に抑え込む。
「じゃあ琴は。何で琴を襲ったの」
芙美の問いに捺は表情を変えた。
「そ、それは…あんたと間違えて…でも、黒髪のカツラを付けてるなんて知らなかったんだもの仕方ないでしょ。だから悪いと思ってお詫びにメロンを贈ってあげたでしょう!」
「間違え…た?」
「そうよ。本当だったらあんたに罰を与えてるはずなのに、もう全然上手くいかない」
「あなた自分が何言ってるのか分かってるの?!人に怪我をさせといて、そんな言い分を…す」
「うるさいっ!!!」
芙美の言葉を遮るように捺の大声が響いた
「そういう良い子ぶった説教とか鬱陶しいのよ!!あんたみたいにチヤホヤされて来たような人間に、私の気持ちなんて分かんないのよ!!!」
低い姿勢のまま捺は芙美を目掛けて走り出す。まともに喰らえば芙美の身体など簡単に吹き飛ばされるのに、芙美は避けようとはしなかった。
「芙美!!危ない!!!」
「何してるの逃げて!」
「姉ちゃん!!!」
3人の焦る声などお構い無しに、芙美は腕を伸ばすと棚の上に飾られていた煌びやかな装飾が施された刀を手に取ると、突進して来る捺に向かって振り下ろした。
捺は我が身に受けた衝撃に醜く顔を歪めると、声を発する事もなく崩れ落ちた。
芙美は右手に掴んだ刀に視線を向けると得意気な表情を浮かべ弧を描くように掲げる。刀は蛍光灯の光を反射しながら美しい輝きを放っている。
「「芙美!!!」」
「姉ちゃん!!!」
駆け寄って来る3人の顔を眺めていると、窓の外からは隣の男性が呼んだパトカーのサイレンの音が響き渡っていた。




