大倭 その7
「でも、まさかその後に"オグニ"から私に会いに来てくれるなんて思わなかったかわ。公園で来てくれた時は嬉しくて思わず連れて帰って来ちゃったけど…そうだ!ここなら誰にも邪魔されないから、このままずっと2人で暮らしましょう!ねっ、そうしましょう決まりね!!」
捺は一方的に話し終えると満足そうな笑顔を張り付けて自由に動く事が出来ない大倭の身体を撫でまわす。
「触んじゃねぇ!!さっきから勝手に気持ち悪りぃことダラダラ喋りやがって!ふざけんな!!!誰がお前みたいな気持ちわりぃヤツと住むかよ!!!」
捺のあまりにも身勝手な言葉に、大倭は身動きが取れない状態でも聞き流す事など出来なかった。自分のせいで周りの人達が危険な目に合わされたという事が只々許せなかった。
「な…な、なんで…何でよっ!!なんでそんな酷いこと言うのよ!!!私はあなたの為を思って色々としてあげたのよ!!それなのに!!!!アンタなんて私の"オグニ"じゃないわ!!偽物よ!見た目だけが似てる偽者だわっ!!!」
白く塗りたくられていた捺の顔は怒りで真っ赤に紅潮していく。ピンク色の唇は大きく開かれ、泡を吹き出しながら汚い言葉で大倭を罵倒する。
「なんだよさっきからオグニって!!知らねぇよそんなヤツ!!!」
その言葉に捺の目の色が更に変わった。
大倭から身体を引き離すと入口へと向かい、壁に備え付けられたスイッチに指を伸ばす。カチッという音と共に辺りは明るくなり、不明瞭だった部屋の様子が鮮明になった。
「何だよここ…」
照明に照らされた室内を見回し、大倭はその整った顔を曇らせる。
それほど広くもない手狭な部屋の四方には赤い髪の色をした少年が描かれたアニメのポスターや雑誌の切り抜きが幾つも貼られており、台や棚にはその赤い髪をしたキャラクターのフィギュアや縫いぐるみが置かれていた。その造形はよく見ると大倭にとてもよく似ていた。
「彼がオグニよ。どう素敵でしょう」
捺は棚から1つフィギュアを手に取ると愛しむように頭を撫でる。
「彼はね小国蹴人って言ってね、雅な男の子達が蹴鞠を通して愛と友情を育んでいく平安スポーツアニメの登場人物なのよ。ほら見て、あなたにそっくりでしょう。だから貴方と初めて会った時はオグニが画面から飛び出して私の前に現れたんだって思ったのよ。初めて会ったあの日…貴方はドーナツを喉に詰まらせて死にそうになってたじゃない。それを偶然通りかかった私が助けて、あなたは命の恩人だって言って抱きついてきたじゃない!」
記憶を辿りながら陶酔気味に語る捺の様子を見詰めながら大倭は困惑するしかなかった。自分がドーナツを喉に詰まらせ死にかけたとき助けてくれたのは間違いなく豊田のおばちゃんだ。それなのに自分の手柄の様に語る捺の姿は異様そのものだった。
「はぁっ?!なに言ってるんだよ!!あのとき助けてくれたのは豊田のおばちゃんだろう!あんたは何もしてねぇだろ!!」
「違うわよ!!私よ!!私が助けたのよ!!!」
幾ら否定しようとも捺は自分が大倭を助けたと譲らない。大倭は自分の記憶が可笑しくなったのかと錯覚すらし始める。
「いや…お前じゃない!嘘を吐くな!!嘘つき野郎が!!!」
その言葉に捺の動きが止まる。
定まらない視線を素早く動かして早口で何かを呟いているが、その声はとても小さく聞き取る事が出来ない。
大倭はその異様な雰囲気を察して後退するが手足を縛られてるせいで上手く逃げられない、必死にもがくが固く結ばれた紐が皮膚に食い込んで血が滲む。
「嘘…嘘じゃない…嘘じゃない!嘘じゃない!!私は嘘なんて吐いてない!!」
小さく呟いていた声は徐々に大きくなり、捺の血走った目が大倭を捉える。
いつの間にか顔前まで近付いてきた捺の面様に大倭の恐怖は極限に達した。
「ぎゃぁーーーーーーっっっつ!!!!姉ちゃん助けてぇっつ!!!!」
助けを乞う悲壮な叫び声は、小さな部屋いっぱいに響き渡っていた。




