大倭 その6
纏わり付いた太い腕は大倭の身体を執拗に撫で回していく、言い知れぬ不快感が大倭の全身を駆け巡る。
胃の奥から込み上げる吐き気と冷たくなっていく手足、大倭の奥歯はガチガチと音を鳴らす。
絡まれた腕から逃れるように後退るが、結ばれた手足と身体に残る痛みで腕を振り払う事は出来なかった。
足は無意識に震え力なく立つ事が精一杯だったが、のし掛かる捺の重さに耐え兼ね大倭はとうとう尻から倒れてしまった。
「キャッ!いった~い!!」
「いってぇ……っ…」
大きな音を上げて2人の身体は床の上に転がる、しがみ付いていた捺も一緒に倒れ込んだのだ。それでも捺は大倭から離れようとはせず、その手を引き寄せた。
「大丈夫?どこか怪我してなぁい?」
その声色は大倭を心配する優しいものだった。
「…な…んで……」
「なぁに?」
「なんでアイツ等を襲った…」
大倭の口から漏れた言葉に捺は愉快そうに笑顔を浮かべるとピンク色の唇を吊り上げ、大倭の目をじっと見詰める。
底気味の悪い視線に虫酸が走る。
目を反らしたくなる気持ちを堪えて大倭は無言で睨み返す。
「だって、邪魔だったんだもん」
明瞭に言い切る口調はどこか得意げだ。
「じゃ……ま……?」
「そうよ、だってね~あのカメラ女は写真を隠し撮りして、それを売りさばいたりしてたのよ!酷いでしょう!!だから跡を付けてカメラを奪ってやったのよ、ほらこれ見て~」
そう言うと、捺は棚に置かれていたカメラを手に取り大倭の前に突き出した。
それは何度か見た事があった孝美のカメラだった。
「けっこう簡単に奪い取れたんだよ」
まるで誉めてくれと言わんばかりの物言いに大倭は言葉を失う。
「中のデータはちゃんと抜き取ったから安心してね」
「……」
「それと、あの髪の長い女…」
それまでとは口調が異なり、捺の言葉に険が陰る。
「あの芙美とか言う女が一番邪魔!!!いっつも酷い言葉で傷つけて態度だって失礼だし!何より慣れ慣れしいのよ!!ほんと気に入らないわ!!!だから神社へ配達に行った時に、ちょうど出て行くのが見えたから跡を付けたのよ」
これまで大倭の捺の印象といえば、豊田のおばちゃんの後ろで大きな身体を屈め感情も無くボソボソと喋るイメージしか無かったのだが、目の前にいる捺は化粧も格好も酷く奇異な外見ではあるが、話し方はハキハキとし異常な自信さえ感じる。その姿にもしかしたら自分の知る捺とは別人では無いのかとさえ疑った。
「そうしたらね~運よく細い暗い道に入って行ったから、今だって思って思いっきり突飛ばしてやったの!そしたら動かなくなったから、そのまま逃げたんだけど…どうも人違いしちゃったみたいなのよね…長い黒髪の方を襲ったはずなのに、何故か怪我したって言うのがオレンジ色の子になってたのよね。不思議なのよね…」
どうやら琴が襲われたのは芙美と間違えられての事だったようだ。
「あのオレンジ色の子って、お姉さまなのよね?ごめんなさい。お姉さまに危害を加えるつもりなんて無かったの本当よ、だからお詫びにメロンを贈っておいたんだから」
何ら咎められる事は無いといった様子で語る捺の姿は反省も後悔も微塵もなく、大倭には到底理解できるものでは無かった。
「でも…その後に丘の方にある住宅地へ配達に行った時は4人でいる姿を見て驚いたわ。なんで私以外の誰かと出掛けたりするのって頭にきたし…あの髪の長い女まで一緒にいるし…だから怪我でもすればいいと思って、駐輪場に駐めてあった自転車のブレーキをワイヤー切ってやったのよ!それなのにちっとも怪我してくれないし~ガッカリしちゃう」
捺の姿は心底残念そうな面持ちで、その様は大倭にとって自分とは違う何か別の生物のように感じられた。
「でもさっき最後の配達が終わって家に帰ろうとしたら、あの髪の長い女が1人で歩いてる所を見掛けたのよ。これはチャンスかもって思って、跡を付けてみたら公園に入って行くのが見えたから私もそのまま付いて行ったの。公園の中はやたらと暗いし幸い周りにも人がいなかったから、そっと近づいて首を絞めたら蛙みたいな変な声あげてたわ!だけど良いところで邪魔が入って失敗しちゃった…ごめんなさいね、次はちゃんとやるから」
両手を合わせて謝る捺の姿に大倭は全身の血が沸き立ち濁った感情が広がっていった。




