心当たり その2
芙美達の住む商店街から少し離れた小さな川沿いには、今から40年程前に建てられた古い団地が数棟並んでいる。
建てられた当初この辺りでは最先端だった建物も今では老朽化が進み、古くて不気味な雰囲気を漂わせている。
ベランダや窓枠は錆び付き、白かったであろう壁はくすんだ茶色みがかった色に変わっているが、既に陽は落ち辺りも真っ暗なため芙美達がその変色した色を見る事は無かった。
「芙美、この団地に何があるの?」
「……」
3人は団地と団地の間に作られた細い道を奥へと進んで行く。道路脇にはチカン注意の看板が目立つように建てられていて、不安を煽らせる。
「芙美、どこまで行くの…ねぇ…聞いてる?」
「……」
足早に歩く芙美の後を追いながら琴は何度も話し掛けるが、手に持ったメモを見ながら視線を彷徨わせるばかりで、芙美からの返答はない。
「どこまで行くのよ~そろそろ教えてくれたっていいじゃん。さっき電話してたのと何か関係あるの?」
「……」
苛立った様子で孝美が口を挟むが、やっぱり芙美からの返答は無い。窓から疎らに漏れる灯りでそれほど暗く感じないのか、芙美は何かを確認しながら黙々と歩いて行く。
「芙美、黙ってたって分かんないから、ちゃんと説明して!」
「……」
「もうっ!!!!」
孝美は視線を遮る様に芙美の正面に回り込むとしかめた顔を近付ける。
「せ・つ・め・い・し・て!」
「わっ…分かったわよ…ちゃんと説明するから少し離れて…」
あまりの迫力に反射的に仰け反った体制を元に戻すと、芙美は何事も無かったように1つ咳払いをして重々しく口を開いた。
「これを探してるの」
芙美は手にしていた1枚のメモを顔の前に突き出すと2人はまじまじと紙切れに視線を向けた。
「5ー302??何なのその数字?」
「あっ!もしかして団地の番号じゃない?」
「おっ、凄い正解!」
「まぁね~お母さんとよく推理系のドラマをよく見てるからさ」
正解と言われ孝美はすっかり得意げだ。
「私の思っているとおりなら、犯人はここに書かれた場所にいるはず」
「「えっ!!!!」」
芙美の言葉に2人は思わず声を上げた。
静まり返った団地に、琴と孝美の声が響いた。
「ちょっと2人とも声が大きい!」
「ごめんごめん…!」
「だって…もしかして芙美は犯人が誰か分かったの?」
その質問に芙美は静かに頷いた。
「そこに大倭もいる…と思う、たぶん」
「「語尾が弱いなぁ…」」
尻窄みな芙美の台詞に琴と孝美は苦笑いを浮かべるが、芙美が何かに気付いたのなら間違いは無いのだろうと確信していた。
「それじゃあ行くよ」
そう言うと芙美は壁に5と記されている建物を指差し、1ヶ所だけ設けられている入り口へと足を向けた。
5階建ての団地にはコンクリート製の階段があるだけでエレベーター等はどこにも見当たらない。
階段の段数はそれほど多くは無いのだが、買い物の帰りなど荷物が多い時は大変だろうな…などと思いながら、芙美達は1段ずつ階段を上って行く。
目的地の3階まで上って来ると長い廊下を右に曲がるとスチール製の青いドアが等間隔で並んでいる。
芙美はあるドアの前に立つと突然ドア横に設置されているインターホンを押した。リズミカルなチャイム音が辺りに鳴り響く。
「ちょ、ちょっと芙美、いきなりインターホンって!」
「そうだよ、まずはどうするかとか相談してからでしょう」
予想外の芙美の行動に琴と孝美が困惑したように狼狽える。だが当の芙美はそんな2人の素振りを気にするでもなく、目の前のスチール製の青いドアを真っ直ぐに凝視していた。




