囮作戦 その6
蒸し暑い空気が漂うなか、耳に届くのは風に揺れる木々の音と不気味に鳴く鳥の声それだけだ。悪魔のような姉の指示により草木が生い茂った場所に潜んでいるせいか、時折り腹を空かせた蚊が食料を求めて周囲を激しく飛び交う。
幾度も手で払う素振りをしてみるがそんな事で蚊も諦めるはずもなく、最終的には手渡された虫除けスプレーを不機嫌顔で撒き散らすこと既に17度目だ。
「クソッ!何で俺がこんな所で隠れてなきゃいけねぇんだよ。ほんとマジ最悪だわ」
まともな灯りの無い状況で来るかどうか分からない犯人をただ1人公園の片隅で待ち続けてるせいか、大倭の口からは文句と愚痴が止まらない。
何故こんな事になったのかといえば、遡ること数時間前の芙美の発案のせいだった。
まだ陽も高く草木の緑が瑞々しく彩る時間に4人は連れだって公園を訪れた。
先頭を行く芙美は公園内を数分歩くと、突然振り返り3人に向けて自らが考えてきた作戦を語りだした。
「じゃあ私が囮になって犯人を公園のこの辺りに誘い出すから。それで作戦通り犯人が現れたら、琴と孝美と私の3人で犯人を取り囲むの」
「えぇ~!囮って…芙美は大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。何とかなるわよ」
「何とかって…」
不安気な孝美を余所に芙美の返事は軽いものだった。
しかし、本音を言えば怖さは十分にある。だが犯人をおびき出すには誰かが囮になるのが1番だと考えたのは芙美本人なのだから、怖がる素振りなど見せられなかった。
「もし犯人が逃げようとしても、ここは一本道だから、大倭が反対側から来て挟み撃ちにして捕まえるって感じね。それまでは誰にも見付からないように、あの木の辺りにでも隠れてて」
そう言うと、芙美は草木が鬱蒼と繁っている場所を指差した。
「はぁ~?!ふざけんなよ、あんな場所にいたら虫に喰われるだろうが!そこにベンチがあるんだから、そこでいいだろう」
確かに芙美の指示する辺りはどう見ても草の中だ。それに、この辺りには先程から小さな虫や蚊が飛び交っている。あんな場所にずっと潜んでいたら虫に刺されるのは間違いないだろう。
「ダメよ!あんたは無駄に目立つんだから、誰か知り合いにでも見付かったら面倒でしょう。たかが虫くらいでガタガタ言わないでよ」
「あんな場所ガタガタ言うの当然だろう!!」
「もうグチグチ煩いわね…仕方ないから、これあげるから我慢しなさい」
芙美は1つ溜め息交じりに呟くと鞄から虫除けスプレーを取り出し大倭へ放り投げた。
「それじゃあ私達も準備に取りかかりましょう」
芙美は琴と孝美の2人に向けてそう言うと、大倭だけを残して公園を去って行った。
あれからずっと大倭は指示された場所に1人潜んでいた。
「ていうかよ~本当に犯人は来るんだろうなぁ~…これで来なかったら俺様の貴重な時間が無駄になるんだからな。その辺あいつら分かってるんだろうな」
陽はすっかりと傾き、暗闇に覆われた公園は不気味さを醸し出し始める。
「もう帰りてぇよ~帰っちゃダメかな…てか、こんだけ暗くなるなら懐中電灯くらい寄越しておけよ、あの鬼ババァが」
芙美達の連絡をすぐに受け取れるように大倭の耳にもイヤホンマイクが取り付けられているが、全く音沙汰がない。1人きりの退屈に自然と愚痴も増えてくる。
「腹も減ったし、そろそろ帰るかな~どうせ誰もいないんだし帰ったってバレねぇよな。犯人を見付けて追い掛けてたら、いつの間に家に着いちゃった☆とか適当なこと言っとけばいいよな~アイツらどうせバカだから分かんねぇだろ」
誰もいないのを良い事にもう言いたい放題の大倭であったが、その時間は唐突に終わりを迎えた。大倭の耳に取り付けていたイヤホンマイクからアラーム音が鳴り響いたからだ。
「うわっ!!何だよ突然!!!」
急な音に驚いてスマホの画面へ視線を落とすと、そこには琴の名前が表示されていた。
「はいはい~こちら大倭~ちゃんと言われた通り草むらに隠れてますよ~蚊がめっちや凄いけど我慢して隠れてますから安心して下さい~」
いつもの能天気な調子で話しかけるが、返ってきた琴の声色は大倭とは真逆なものだった。
「犯人に逃げられた!!もしかしたら、そっちに行ったかもしれないから気を付けて!!!」
その言葉に大倭の顔色は瞬時に変わったが1人きりのためその表情を確認した者は誰もいなかった。




