囮作戦 その3
「犯人は私達3人を狙っているんだから、それを逆手に取ってやるのよ」
そう言い出したのは芙美だった。
わざと1人で行動をして犯人をおびき出そうと自ら囮役を勝手出たものの、そんな簡単に犯人が現れるのかという不安もあった。しかし、そんな心配は杞憂だった。
背後から伸ばされた太い腕が芙美の細い首に回されると、華奢な身体は簡単に動きを封じられ草木の覆う暗い繁みへとあっという間に引き込まれて行った。
公園の入口ではようやく到着した琴と孝美が、芙美の姿を探して辺りを見回していた。
「芙美~どこにいるの?」
耳に引っ掛けた小さなマイクを使って話しかけるが、通話先である芙美からの返答は無い。
「ねぇ、何か変な音しない?」
孝美の言葉に耳を澄ますと、衣擦れの音と共に呻くような女性の細い声が耳に届いた。
「「芙美!!!!!!」」
その声は確かに芙美の声ではあったが、聞き馴染んだ淡々とした明瞭な声では無く、今にも消え入りそうなほど弱々しい声だった。
「どうしよう、芙美が危ないよ!!!」
「芙美、どこにいるのよ…」
2人は落ち着きを失い周囲を探しまわるが、芙美の気配どころか歩く人の姿も見当たらない。
「どうしよう…」
「そうだGPS!孝美、GPSだよ!!早くスマホ出して!!!」
「あっ!!そうだ!!!!」
琴は何かあった時に備えて、芙美のスマホにGPSアプリをあらかじめ入れておいた事を思い出した。
焦りで震える手を抑え、何とかアプリを起動すると孝美のスマホにはこの辺りの地図が映し出された。
「これ…公園、公園の中だ!!!」
芙美を示す赤い丸は目の前にある公園の中を指している。次の瞬間2人は一斉に真っ暗な公園へと駆け出した。
公園内は街灯は有るものの、その数は少なく殆んど暗闇に近い。孝美は無言で画面を見つめると方向を探る。
「こっち!」
言われるがまま付いて行くと、草木が鬱蒼と生えた雑木林のような場所だった。
「…ここら辺のはずなんだけど」
周囲を見回すが芙美の姿も犯人の姿もそこには無い。
「琴あれ見て…!!」
何かに気付いたのか、孝美は突然駆け出すとその場に膝をついた。
「これって芙美のスマホじゃない…」
スマホを拾いあげ画面に視線を落とすと、芙美、琴、孝美の3人で撮った写真が待ち受けにされていた。
「間違いない芙美のだ…芙美はここで犯人と出くわしたんだ」
「……」
琴の言葉に孝美は小さく息を呑んだ。
自ら発した言葉に琴は身震いする。冷やりとした汗が首や背中をじっとりと伝っていく。
2人はそれ以上言葉を発する事が出来ず、草むらに潜む虫の音だけが耳に届く。
立ち竦む2人は、ふと虫の音に混じる微かな違和感に気付く。反射的に目を見合わせるとほぼ同時に声をあげた。
「「あそこだ!!!」」
ビニールを擦るようなその音は、先ほど芙美の声と共にスマホから聞こえたものと確かに同じだった。
大きなブナの木を横目に通り抜けると、違和感の音は一層大きくなる。
乱雑に生えた草木を分け入ると、暗がりのなか黒いポリエステル製のウェアを身に纏った大柄な人物が、芙美の背中に跨がり地面に身体を押し付けていた。
「「芙美!!!」」
ようやく現れた友人達の姿に、芙美の目には涙が滲んだ。




