捜査開始 その7
買ったばかりの冷えた飲み物も暑さのせいであっという間に温くなり始める。缶の残された半分程の量を一気に流し込むと琴は苛立った面持ちで空を仰いだ。
遮る物など何も無いため陽射しは容赦なく頭上へと降り注ぐ、汗に濡れたオレンジ色の髪の毛は肌に張り付いたまま離れようとしない。
「暑いっ!もうヤダ!!帰ろう!!!」
勢いのまま立ち上がると隣に座る孝美へ視線を向ける。流れ落ちる汗を何度も拭いながら孝美も諦めたように口を開いた。
「そうだね…もう疲れたし今日は終わりにして帰ろうか…」
その言葉に、ベンチでぐったりとしていた大倭は即座に身体を起こす。
「よし!じゃあ今日のバイト代として壮庵にかき氷を食べに行こうぜ!俺は特大サイズにしよ~っと」
大倭は嬉々として声を弾ませる。
壮庵とは商店街に昔からある甘味処で、定番のあんみつの他に顔よりも大きな特大サイズのかき氷を出す事で有名なお店だった。特大サイズのかき氷といっても注文するのは学生達がネタで注文するくらいで殆どの客は普通サイズの物を注文している。
「はぁっ?バイト代ってなによ?!何であんたにバイト代を払わなきゃいけないわけ?それに特大サイズのかき氷って千円以上するやつでしょう!?冗談は止めてよね」
大倭の唐突なバイト代という言葉に芙美は訳も分からず声を荒げる。
「とぼけんなよ!用心棒として今日付き合う代わりに好きな物を奢ってくれるって約束だろ!!」
「約束?!そんな約束してな…」
最後の言葉を言い終わる前に、芙美の脳裏に1つの懸念が過る。そうしてゆっくりと孝美へと顔を向けると孝美は決まりが悪そうに恐る恐る手を上げる。
「あっ、あの~ごめん…私が約束したの」
「孝美!!」
「うん…。あっ!ちゃんと約束通りに奢るから大倭くんは安心して!」
「やっりぃ~」
その言葉に大倭は嬉しそうに拳を突き上げた。
「いいの孝美?」
「いいの、いいの。大倭くんにはほら"色々と"お世話になってるから」
「色々…?」
「それにほら、これまでの臨時収入とかもあるから気にしないで」
「臨時収入…?あぁ~そういうこと」
全てを理解したのか芙美は呆れたような笑いを浮かべて孝美に視線を向けた。
これまで大倭の写真をこっそりと撮影しては秘密裏に売り捌いてきた孝美にとって、千円程のかき氷を奢ったところで財布が傷む事など無いのだろう。
それよりもかき氷を食べている大倭の姿を撮影して、その写真を売り捌くくらいの事は考えていそうだと芙美は思った。
「えっ、じゃあ私らにも奢ってくれるの?!」
何も知らない琴がこれ幸いと声をあげるが、孝美は素知らぬ顔で2、3度と手を振った。
「琴と芙美には奢らないよ」
「えぇ~なんで大倭だけ~ずるい~」
「ずるくないも~ん。ほらさっさと行くよ」
そう言うと孝美は自転車を取りに駐輪場へと歩き出した。
来るときはツラかった坂道も帰りはひたすら下って行くため、それだけで随分と気持ちが楽になる。
前方を行く孝美の後を追いかけ芙美は緩やかな坂に自転車を走らせる。生温かい風が汗ばんだ首筋を通り抜け芙美の艶やかな黒髪をなびかせていく。
「風が気持ちいいね~」
少し後ろを走る琴に芙美は声を掛ける。
「風があるだけで随分と違うよね~!あっ、そろそろ坂が急になるからスピード落とさないと危ないよ」
「そうだね~」
そろそろ来る時に苦しめられたあの急勾配の坂に差し掛かる、このままでは一気に加速が進んで危険なため4人は軽くブレーキレバーを握る。
しかし何故か芙美の自転車だけはスピードがどんどんと上がっていく。
「ちょっと芙美、ブレーキかけないと危ないよ!」
「違うの!何かブレーキがおかしいの!」
「えっ、どういうこと」
「ブレーキがきかないの!!!」
芙美の悲鳴のような叫び声と焦りと恐怖で青冷めた表情に3人の背筋には冷たいものが走った。




