捜査開始 その1
琴の後頭部に出来たたんこぶもすっかりと治った頃、3人は自転車を飛ばして町の西側に位置する丘へと向かった。
その丘というのはそもそもは何もない小さな山でしか無かったのだが、数年前に町の人口減少を危惧した役場の偉い人達が外からの人口流入を狙ってどこかの土地開発会社に相談をした結果、作られた新興住宅地だった。
だが…観光資源も無く名所と呼ばれる場所も特産品も何もない土地に越してくる人間などそうそういるわけもなく、建て売りである住宅の殆どが売れ残っている状態だった。
「なんかさ~この辺りの家って、みんな似たような色と形してるよね」
周囲に建ち並ぶ家々を眺めながら琴は不思議そうに見回した。
「これだけ似てたらさ間違えて隣の家に帰ったりしないのかな?」
「ありそう~特にうちのお父さんなんて酔っぱらったら100%やるよ」
「孝美のお父さん酒癖悪いもんね~うちの店でもよく酔っぱらって騒いでるの見た事があるよ」
日頃は大人しい雰囲気でカメラを携えた孝美の父親だが、何よりもお酒が大好きで酔うと大声で昭和歌謡を唄いだすというお決まりのパターンだった。特にお気に入りの女性シンガーの曲は、完コピされた激しい振り付けと共に唄いあげ、その姿はまるで女性シンガーが憑依しているのではないか?と噂されるほど酷似していた。
芙美の両親の店にもよく来るため、芙美も何度かその姿を目にした事があった。
「芙美のパパさんとママさんには何度も迷惑を掛けてるから本当に申し訳ないよ…」
孝美が珍しくしおらしい様子で頭を下げた。
しばらく進むと緩やかだったはずの道は段々と傾斜がキツくなっていく。先へ進むほどその角度は増していき、自転車を漕いでいる足を鈍らせる。前へ前へと動かそうとする気持ちとは裏腹にとうとう足の動き止まってしまった。
「あぁ~もうダメ!ギブアップ!!こんなの電動自転車じゃないと上れないよ」
「私も無理…限界」
「仕方ない…ここからは自転車を押してくしか無いね」
3人は諦めたように自転車から降りると、急勾配の道を
見上げるように自転車を押し始める。元は小さな山を切り開いて丘にしたとはいえ、真っ直ぐに続く坂道は随分と長く続いている感じがする。止め処なく流れ落ちる汗の量に、芙美は身体中の水分が無くなってしまうのではないかと錯覚するほどだ。
ようやく上りきるとバスの停留所と共に仰々しい看板が立てられていた。
"欧風住宅で寛ぎのひととき。小高い丘の上から眺める風情ある街並み、この場所で静かに何にも縛られない自由な時間を過ごしませんか"
看板に書かれた謳い文句を目にして、3人は思わず吹き出してしまう。コンビニどころか商店も無く、唯一ある自動販売機は頂上にあるバスの停留所の横にポツリと置かれている1台だけだ。確かにここでなら静かに何かに縛られずに過ごせるのだろうが、店も学校も病院も…ありとあらゆる生活に必要な施設なんて1つも無く、町の中心から外れた丘の上にあるせいでどこへ行くにも時間は掛かるし足となる乗り物も必要不可欠だ。
この不便極まりない場所に住宅地を作ったなんて理解に苦しむとしか言いようが無い。
そんな場所に外観だけは美しい家々が並んでいるというギャップに3人は笑いが込み上げて仕方がなかった。
「よぉ~っ随分と楽しそうだな。それにしても遅かったな待ちくたびれたぞ」
やけに馴れ馴れしい言葉を掛けられ芙美は反射的に顔を向けると、そこには見慣れた少年の姿があった。




