琴
「なんか背後に気配を感じたから振り返ったの、そしたらフードを深く被った男がいきなり突き飛ばして来たの!で、そこで気を失ったみたいで後の事はよく分かんないんだよね~」
握りしめたカレー用のスプーンを半分に切ったマスクメロンに突き刺しながら琴は自嘲気味に話す。
犯人の目の前で頭を打って気を失ったにも関わらず、後頭部のたんこぶだけで済んだ事に一先ず胸を撫で下ろした芙美達だったが、琴はカツラのお陰で大きな怪我をせずに済んだんだ!と斜め上な感動をしはじめ運ばれた病院ではカツラで有名な病院長の前で「カツラ最高~カツラありがとう~」と感謝の言葉を声高に叫び、娘を心配する母親を更に蒼白にさせていた。
検査の結果、何も問題が無かった事もあり1週間ほど自宅で安静に過ごし、その後また病院に来るように告げられると早々に病院を追い返されたのだった。
「そっか、琴も犯人の顔が分かんないのか…」
「一瞬だったし…それに犯人はフード被ってマスクもしてたから、顔がよく見えなかったんだよね」
琴は悔しげに唇を噛んだ。
テーブルに置かれた大きな皿の上にはマスクメロンは、1玉1万円以上はする高級品だ。その高級メロンを半分に切り丁寧に種を取り除くと琴は一度やってみたかったと言い、その穴にアイスクリームを詰め込んだ。
「うっま!!何これ美味しすぎるっ!ちょっと2人もこれ食べてみてよ」
「……ほんとだ!めっちゃ美味しい!!」
「なんかメロンの味からして、うちで食べてるやつと全然味が違うんだけど」
「ねぇ~アイスとの組み合わせも最高でしょ!」
「「うん、最高~」」
琴と芙美と孝美の3人はメロンを囲むように顔を見合わせると皮まで食べる勢いで手を伸ばした。
「てか…こんな高そうなメロン1個丸ごとうちらが食べちゃっても良かったの?」
全てを食べ尽くしたあと、冷静になったのか心配そうに孝美が問い掛ける。
「良いの良いのまだあるし。私が襲われて怪我をしたから近所の人達がお見舞いにって色んな物を沢山くれるんだよね~メロンもいっぱい貰ったから気にしないで、平気だから」
わが町のアイドルといった人気を誇る琴が怪我をしただけでも大事件なのに、それがいまだに捕まらない不審人物に襲われたという衝撃は大きく瞬く間に広がり町を揺るがすほどの大騒ぎとなった。
これまでは防犯とは無縁の生活を送って来た彼等だったが子供達は防犯ブザーを常に携帯をするようになり、男衆は自警団を作り地域の見回りを強化し、女性達は1人での外出を控えるようになった。
「良いなぁ~私なんて怪我のお見舞いに貰ったのなんて、和菓子屋の藤田さんがくれた自分とこのお店の詰め合わせくらいだよ」
部屋の隅には琴がお見舞いに貰った化粧箱が山のように積み上がっており、孝美は羨ましそうにその山を見上げた。
「うちも藤田さんから和菓子の詰め合わせ貰ったよ~そこに置いてあるでしょ」
見覚えのある紺地の箱を見つけて手に取ると、孝美はすぐさま眉根を寄せた。
「これ5千円の詰め合わせでしょ!!うちのは3千円の詰め合わせだったんだけど!!」
「えっ……そうなの?私はよく分かんないけど…」
「気の…せいじゃない?」
「絶対にそうだよ!子供の頃から何回も買いに行ったりしてるから知ってるもん。これは5千円のやつで羊羮とゼリーと焼き菓子が入ってるんだから、ほら!!」
そう言うと孝美は箱を無造作に開けると、納められていた品々を凝視した。
「やっぱり……」
絞り出すように呟かれた声には怒りと落胆の色が滲んでいる。
「た、孝美が食べたい物があったら好きなだけ食べていいからね…」
「ありがとう!遠慮なくそうさせて貰うよ!!」
琴の言葉に孝美は躊躇いなく手を伸ばすと、ピオーネのゼリーと焼き菓子を数個手に取ると鞄に素早く放り込んだ。こんなところで差を付けてしまった事がうっかりバレてしまった藤田さんもとんだ災難だが、お見舞いを貰っただけなのにこんな気まずい思いをするはめになった琴は言い知れぬ疲労感に肩を落とした。




