神社 その3
「ちょっとあなた達、孝美ちゃん襲った犯人を探して捕まえるだなんて物騒な話しは本当なの?まさか、あなた達までしてないわよね!」
それまで物腰も柔らかく優しげな口調だった琴の母親の態度が一変する。声色はワントーン下がり射抜くような視線で2人の顔を見据える。子供の頃からその眼に見詰められると何故か反発する事が一切出来ず、蛇に睨まれた蛙の如く指一本動かす事も儘ならなかった。
「う、うちらは何もしてないよ…大倭と孝美が騒いでるだけで、ねっ芙美!」
「してません。本当に…なにも」
「それなら直ぐに、あの子達も止めさせなさい。何か危ない事があってからじゃあ遅いんだからね」
「「…はい」」
反論する言葉すら言わせない謎の圧力に、2人はただ2つ返事をするしかなかった。一見して琴の母親は細身で華美なところも無く慎ましやかな穏やかな女性といった雰囲気だが、さすが300年以上続く神社を切り盛りするだけの事はある。貫禄たっぷりの様相に、2人の額に流れる汗とは別に喉は酷く乾いていた。
「ちょっとお母さんは電話してくるから、あなた達はくれぐれも首を突っ込まないこと!」
そう言い残すと琴の母親は慌ただしく部屋を後にした。
「…ありゃあ、孝美の家に電話しに行ったね」
「うん。あと…うちのお母さんと学校にもするだろうね」
「ああなるとさ、お母さんの事はもう誰も止められないんだよね」
「知ってる。はぁ~…家に帰ったらお母さんもグチグチ言うんだろうな」
「…だろうね」
「孝美と大倭の事なのに、とばっちりだよ…」
芙美も琴もこれから起きるであろう面倒事を想像して大きな溜め息を吐いた。
「まだ時間があるから、先に若宮社の見回りに行ってくるね」
時計に視線を向けて時間を確認すると、琴は仕方なさそうに呟いた。渋々、重い腰をあげて立ち上がると軽く背筋を伸ばすとどこかの関節がポキッと小さな音を立てる。
「じゃあ行ってきま~す」
「いってらっしゃい」
芙美の言葉に気を取り直すと、琴は愛用のカツラの黒い髪をなびかせて境内へと向かった。神社の境内には幾つかの摂社が祀られており、それらを総じて若宮社と呼んでいる。その若宮社を時おり見回っては参拝者がお参りしやすいように掃除をしたり異変が無いかを確認して回っているのだった。
琴は見回る時はいつも時計回りに進む事にしている。その順番に特に意味は無いのだが、そのほうが1つとして忘れる事なく回れる気がするからだった。
全て回り終える頃には十分な運動となり、さっき食べたドーナツ2個分のカロリーも余裕で消費出来るだろうと淡い期待を抱いていた。




