神社 その2
抹茶チョコレートのコーティングされたドーナツを一口頬張り咀嚼しながら白い壁に掛けられた時計へ視線を向ける。神殿でのお式と写真撮影があるから1時間は時間があるなとぼんやり考えていると目の前によく冷えた麦茶が置かれる。
「麦茶どうぞ」
「ありがとうございます」
琴の母親は柔和な笑顔を浮かべながら、芙美と琴の前にグラスを並べる。
「芙美ちゃんも受験生なのに、お休みの日にお手伝いをお願いしちゃってごめんなさいね。」
琴の母親は申し訳な表情で芙美の顔を覗き込む。
「いえ、息抜きにもなるので大丈夫ですよ。それにお小遣い稼ぎにもなるので助かります」
「そう言ってくれると助かるわ。最近はアルバイトの募集しても人が集まらなくて…やっぱり若い人にはこういう所で働くよりも、可愛い制服を着てお洒落なお店で働くほうが良いのよね」
そう言うと、琴の母親はドーナツを1つ手に取り溜め息を小さい吐いた。
「そんな事ないですよ。巫女さんの装束も可愛いと思いますよ。それに…」
それに…と言いかけて芙美は言葉を飲み込んだ。
そもそもこの街には女子が憧れるような可愛い制服のお洒落なお店など存在しない。私服に地味なエプロンを着けただけの、商店やスーパーでのアルバイトが殆んどだ。それなら何故アルバイトを募集しても人が来ないのか?答えは簡単だ、単純に人がいないからだ。
祭りが終わり観光客もいなくなると特にそれを感じる。閑散とした静かな駅前と18時を過ぎれば下ろされる商店街のシャッターがそれを表している。
しかし言葉にすると何だか物悲しく思えて、芙美は言葉を飲み込んだ。
「そうかな~巫女の格好って白と朱でシンプル過ぎると思うんだけど。もっとレースでゴージャスにしたり、水玉の袴とかあっても良いと思わない?」
「あら、それ面白いわね。お母さんはチェック柄とかヒョウ柄とかが良いわね~今度、装束屋さんに作ってもらおうかしら?」
ここぞとばかりに不満気に呟く琴に母親も大賛成とばかりに同調する似た者親子だ。
「良いわけないでしょうそんな柄、そんな格好の巫女さんを見たら参拝者の人もビックリだし、神様だって呆れちゃうでしょう。」
冷静に告げる芙美の様子に琴の母親は笑みを溢した。
「本当、芙美ちゃんって若い頃のお母さんにソックリね。その冷静な物言いとか瓜二つだわ」
「それ喜んで良いのか分かりません。誉めてますか?」
「う~ん。いちお」
「嘘ですね」
芙美の母親と琴の母親は幼馴染みの間柄だった事もあり、家族ぐるみの付き合いはそれぞれの子供達が物心の付く前から当たり前のようにあった。
「アハハハッ~大倭くんはお父さん似って感じよね。明るくてひょうきんなところがソックリね」
「よく言えばそうですけど。あれは目立ちたがりのお調子者なだけです」
「あら随分と手厳しいのね」
「みんなが大倭に甘過ぎるんです」
「だって、やんちゃな男の子って可愛いじゃない。つい甘やかしたくなるのよね~」
琴の母親は年甲斐もなく頬を緩めると、うっとりと微笑んだ。
「最近は図に乗りすぎて、今日なんて孝美を襲った犯人を捕まえるとか言ってたんですよ!」
「今頃もう捕まえたかな~?」
芙美の言葉に、琴は思い出したように期待に溢れた声を漏らす。
「いや無理でしょう。そんなに簡単に捕まえられたら警察はいらないでしょう?」
「それもそうだね~」
そもそも大倭と孝美等が探している時点で、捕まえる事なんて永遠に出来無いだろう。と芙美は心から思っていた。




