犯人探し その1
例年なら祭りが終われば町も学校も日常の静けさを取り戻すところなのだが、今年ほ孝美が何者かに襲われたという事件が人々に衝撃を与えた。
暗がりだったせいで犯人の顔をきちんと見ていないと言う孝美の証言もあり、犯人は観光客に紛れて逃げたのか、それともまだこの町のどこかに潜んでいるのかと様々な憶測が飛び交っていた。
観光スポットもテーマパークも何も無いこの町では、手軽でお金の掛からない娯楽としてお喋りと噂話しが大人気で1人に話せば1時間後には町内全員が把握しているのは当前の事柄だった。そんな町に舞い込んできた女子高校生襲撃事件の話題は恰好のネタとなり、朝から晩までその話題で持ち切りとなった。
そのお陰もあり、孝美の額の包帯が外れる頃になっても孝美のボルテージは下がる事も無く、犯人探しに日々躍起になっていた。
芙美、琴、孝美の3人は学校帰りにいつもの様に神社へ赴くと池の畔に置かれたベンチの上で棒付きのアイスクリームに齧りつく。口に広がる甘く冷たい感触に少女達は自然と表情を綻ばせる。
「はい。これ」
「なにこれ?」
孝美はアイスクリームを口に加えると、鞄から取り出した1枚の紙切れを芙美と琴の前に差し出した。
「見たら分かると思うけど犯人の似顔絵だから」
「えっ…?!」
「…どこが?」
孝美の言葉に芙美と琴は困惑の表情を浮かべる。
それもそのはずだ、孝美の差し出した紙に描かれていたものは人の顔と認識するには到底困難なものだった。
「よく見てちゃんと覚えておいてね」
「いや覚えておいてねって言われても…」
「何か問題でも?」
「問題しかないでしょ。これのどこが人の顔なのよ…ただの黒い塊じゃない!どこが目でどこが鼻でどこが口なのよ、似顔絵って言うならちゃんと顔を描きなさいよ」
白い用紙いっぱいに描かれた黒い塊を似顔絵と呼ぶ孝美へ芙美のキツい言葉が飛ぶ。
「そ、そんなこと言ったってしょうがないでしょ!暗くて顔もよく分かんなかったし、黒いフードの付いた服を着て顔を隠した大きな男が襲って来たって事しか記憶にないんだから!!」
「だったら似顔絵っていらなくない?」
「参考にはならないよね…」
「これを見て捕まえろって無理があるよね~」
芙美の言葉に琴は何度も頷く。
「大丈夫よ、私には分かるわ!犯人に襲われカメラを盗まれてから今日まで、この出来事を忘れた日は無かったわ!犯人を一目みれば私には絶対に分かるんだから!」
犯人への復讐に燃える孝美は力一杯拳を握りしめる。
その様子を前に芙美は孝美だけが犯人が分かるのなら、やはりこの似顔絵は無意味だろうと心の中で静かに突っ込むのだった。
「明日は日曜日でしょ、もしかしたら犯人がまた現れるかもしれないから見回りに付き合ってよね」
「あ~明日は結婚式が入ってるから家の手伝いをしないとダメなんだ」
「えっ、そんな~!じゃあ芙美は?!」
「私も受付とかお茶出しの手伝いとか頼まれてるから無理かな…」
「2人ともダメなんて…それじゃあ意味ないじゃん!」
孝美は納得いかず不満気に声を張り上げた。その大きな声に通りすがる参拝者も思わず振り返る。
「ちょっと孝美、声が大きいから落ち着いて」
「そうだよ恥ずかしいよ!」
「だってさ~!!」
「お前ら何バカみたいに騒いでんだよ、相変わらずみっともねぇな~」
聞き慣れたふてぶてしい物言いに首を捻ると呆れた表情を浮かべた大倭がゆっくりと3人に近づいて来るのが見えた。




