芙美
その後、大倭は直会終了間際に現れたかと思いきや少しばかり片付けの手伝いをすると「疲れた」と言って早々に自宅へ帰ってしまったのだ。
その態度に芙美は納得いかずに景子に訴えるが
「お祭りで朝も早かったし仕方ないわよ」
と、大倭の勝手をあっさりと受け入れている姿勢に更に苛立ちを募らせた。
「ちょっと芙美。そんなに不機嫌そうな顔で朝ご飯を食べるのは止めてちょうだい。まだ昨日の大倭のこと怒ってるの?」
一晩経ったところで怒りがそう簡単に収まるわけも無く仏頂面を隠そうともせず食卓へと着く娘に景子は溜め息混じりに訴える。
「だって最近の大倭は酷すぎるよ。昨日だって殆んど手伝いもしないで帰っちゃってさ~疲れたとか言ってたけど、そんなの女の子達と遊んでたからじゃん」
「そればっかりじゃないでしょ…」
「それが大半じゃん。あんな舐めた事ばっかりしてたら、いつか絶対に罰が当たるんだから~そうなったら指差して笑ってやるんだから」
「そんな縁起でも無いこと言わないの!2人きりの姉弟なんだから、弟の不幸を願うみたいなのは止めなさい」
景子に注意されようとも芙美は確信していた。
昨日、本殿に向かって手を合わせながら、きっと心優しい神様がこれまで真面目に生きてきた自分願い…そう生意気な弟に罰を与えて欲しいという細やかな願いを叶えてくれるはずだと信じて疑わなかった。
しかし芙美は知らない。
般若の面のような表情で祈りを捧げている芙美の横では2人が仲直りをするようにと一心に祈り続けていた琴の存在を。
「大倭はね~少しくらい痛い目に合ったほうがちょうど良いのよ」
「もう止めなさいって言ってるでしょ!」
「フンッ」
景子の強い口調に口を閉ざすが、芙美の表情に反省の色は全く無い。
芙美の目の前には昨夜の直会で出された里芋の煮物が小さな小鉢に盛られ置かれていた。芙美は無言で箸を里芋に突き刺すと大きく開いた口へ放り込んだ。
「こらっ!お行儀が悪いわよ!」
「……。」
「芙美、お母さんを困らせたらダメだぞ」
背後から掛けられた男性の声に芙美は顔を向ける。
廊下に面した扉が開くと、スポーツ新聞を手にした中年の男性が姿を見せる。男性は朝ご飯が並べられたテーブルの横を通り抜け自身の定位置に腰を下ろすと、斜め前に座っている娘を窘める。
「お父さん。新聞を持ってトイレに行かないでって、いつも言ってるでしょう」
「おっ…おお、そうだったな。でもつい持ってっちゃうんだよな~」
芙美の先制攻撃に父昂介の気が容易に逸れる。
「あなた、違うでしょ!」
「あっ!そうだな、すまんすまん。こら芙美、朝ご飯は1日の活力の源なんだぞ。そんな不機嫌そうに朝ご飯を食べるなんてお父さんは超ショック(朝食)だぞ!」
「……」
「や、やだ~もう、お父さんたら~プッフフフッ」
一瞬の静寂のあと景子の笑い声が食卓に響き渡る。
父昂介の特技はダジャレだ。
しかし残念ながら、そのダジャレは全くもって面白く無い。主に聞かされた人間のリアクションは聞こえない振りをするか愛想笑いを浮かべるかの二択だった。
ただ唯一、妻である景子だけは違った。昂介がダジャレを言うたびにそれは楽しそうに毎回笑っていた。
「どうだお母さん、今のは改心のデキだろ!しかもタイミングもバッチリだったろ!」
「うん。凄く面白かったわ~」
「さっすがお母さん!分かってくれると思ってたよ」
そうしていつの間にか芙美の事など忘れ、娘の前で恥ずかしげも無くイチャつき始める両親の様子に見慣れた芙美も流石に呆れる。
「ご馳走さまでした~」
芙美は足早に食卓を後にすると直ぐさま自分の部屋へと逃げ込んだ。7畳ほどの部屋にはベッドと勉強机、それと箪笥が置かれており小綺麗に片付けられている。
壁際に置かれたベッドからはリズミカルな音が流れて来る。どうやらベッドの上に置かれたスマホが電話の着信を知らせているようだった。
「琴~?今ちょうど朝ご飯を食べ終わったから、あと30分くらいで向かうよ」
電話の相手に告げるが何だか様子がおかしい。
「どうしたの?ちょっと落ち着いて、琴が何を話してるのか分からないから」
聴こえてくる琴の声は明らかにいつもと様子が違う、焦りと動揺は伝わって来るが話している内容が支離滅裂だ。
「えっ、なに…孝美?、孝美が…襲われた?!!!」
電話口で涙交じりに叫ぶ琴の言葉に芙美は自身の耳を疑った。




