夏祭り その7
演舞も滞りなく終わると、芙美はホッとしたように息を吐いた。神社の宮司でもある琴の父親が現れると、これから本殿での儀式へと移るため、芙美たちの役目はここまでだった。
「今年も凄く良かったわよ~もう、おばさんたらすっかり見惚れちゃったわよ」
参道の人気店でもある豊田商店の女主人は、2人を見付けるや興奮気味に捲し立てる
「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞なんかじゃないわよ!捺、あんたもそう思うだろう?」
そう言うと、豊田のおばちゃんは傍らに立ち尽くしていた捺に同意を求めた。
「えっ、あっ…あっ」
急に話しを振られて狼狽えているのか、捺の口からは言葉にならない声ばかり漏れていた。その表情は長い前髪のせいでよく分からないが、捺の感じている緊張や戸惑いは伝わって来た。
「はぁ…もういいわよ」
豊田のおばちゃんは諦めたように呟くと、芙美と琴へ向き直った
「ごめんなさいね、この子たら相変わらず上手く喋れなくて…」
「いえ…」
「いつもこんな調子で会話にならないのよ。この子があなた達2人みたいだったら良かったのに…」
「……」
そう言われても…芙美と琴はどう返答してよいのかと顔を見合せる。
豊田のおばちゃんの横では、捺が大きな身体を縮こまらせて俯いたままだ。その姿はまるで何かに怯えた子供のよう見えた。
「そりゃあ~うちらは、おばちゃんとは子供の頃からの付き合いだから何でも話せるけど、まだよく知らない人ばかりの場所に行ったら全然喋れないよ~ねっ、芙美もそうでしょ?」
「うん、そりゃあそうだよ。私もよく知らない人となんて上手く話せないよ」
琴に限って言えば相手が誰であろうと話せないなんて事は無いだろうが、琴なりに何とかしようとしている姿に芙美は懸命に相槌を打った。
「そのうち捺さんも慣れて、いっぱい話せるようになるから大丈夫だよ」
「そうだと良いんだけどね~…」
納得しきれないのか冴えない表情を浮かべる豊田のおばちゃんに周囲の空気が重く2人に伸し掛る。耐え兼ねる重さに考え倦ねていると、2人の名前を呼ぶノーテンキな声が耳に届いた。
「いや~もう探しちゃったよ~あれ?豊田のおばちゃんも一緒だったんだ。さっきの2人が踊ってるところ、この孝美様がバッチリ写真に撮っておいたからね!凄く格好よく撮れたんだから~もうね、見合い写真にしても良いくらいの出来栄えだよ」
姿を現した途端、一気に捲し立てる孝美の様子に4人は思わず呆気に取られてしまう
「ちょっとあんたね、いきなり現れたと思ったら1人で喋りすぎだから」
「ほんと空気読まないところ面白すぎる~」
「えっ、えっ?なんで?今おかしなところあった?」
堪えきれず吹き出した2人に孝美は訳が分からず顔を顰める
「ちょっと何で笑うのよ~意味わかんないんだけど」
「だってね~」
「ねぇ~」
「もうぜっぜん分かんない!!今日1日この神社の専属カメラマンとして、こんなに頑張った孝美様にちょっと失礼じゃないの?」
胸を張りながら鼻高々な口ぶりの孝美に、芙美は冷やかな目を見せる。
「いや大層な事を言ってるけど、どうせ大倭とか目ぼしいイケメンの写真でも撮って金儲けを企んでるだけでしょう?」
「ギクッ!」
図星を突かれたのか、孝美の肩がビクリと跳ねる。
「あら孝美ちゃん、大倭ちゃんの写真も撮ってあるの?おばさんも見たいわ!」
「「えっ?!」」
思わず顔を捻ると、嬉々とした表情を浮かべる豊田のおばちゃんが孝美に向かって詰め寄って来る。
「仕方ないなぁ~おばちゃんには日頃からお世話になってるから特別価格で売ってあげるよ」
「あら本当!嬉しいわ~」
いや寧ろお金を取るのかと芙美は思ったが、それでも少女のように喜んでいる豊田のおばちゃんの姿に需要と供給が成り立っているのなら良いんだろうと納得してしまった。
「じゃあ今度お店にリストを持って行くから~」
「楽しみ待ってるわね。それじゃあ私達は1度店に戻るから、行くわね」
「あっ、おばちゃん~直会はいつも通り19時からだから忘れないでね」
「大丈夫よ~またその頃に来るわね」
すっかり機嫌の良くなった豊田のおばちゃんは意気揚々と大きな身体を左右に揺らしながら玉砂利の上を歩いて行った。




