夏祭り その6
朱色の袴に鶴の紋様があしらわれた千早を羽織り、束ねた黒髪には薄紫色の花を飾り付ける。すっかり着なれた2人は手際よく準備を進めていく。
しかし、さすがに琴のオレンジ色をしたショートヘアでは体裁が悪いので用意しておいた袋から黒髪のウィッグを取り出した
「どうよ、全然ウィッグってわかんないでしょ~」
「うん、相変わらずよく出来てるよね。ちょっと離れて見たら絶対に分かんないよ」
触れぱ感触の違いを感じるだろうが、一見すると芙美の艶やかな黒髪と遜色の無い代物だ。琴は神社の手伝いをする時などは、度々このウィッグを愛用していた。
「おみこし戻ってきたよ~!」
頬を上気させた小さな子供が仕度部屋に駆け込んで来ると、それを合図に絢爛な装束姿の少女達が次々に外へと向かう。ご多分に漏れず芙美と琴も後を追うように部屋をあとすると、境内にはまた多くの人々が集まり賑やかさを取り戻していた。目の前を通り過ぎて行く艶やかな少女達の姿に、観衆からは陽気な声が次々に掛けられていった。
鳥居の向こうから聞こえてくるリズミカルな音色と勇ましい掛け声が大きくなると、歓声は一層沸き上がりお神輿を迎えるために小さな少女達は定められた持ち場へ着くと拙い舞を披露する。その愛らしい様に人々は頬を緩ませ笑顔を浮かべた。
周囲の活気とは対照的に芙美の胸中を複雑だった。
これが最後の舞だと思うと嬉しい半面、琴への申し訳なさが心に重く広がっていく
「芙美どっか具合悪い?なんか顔が怖いよ」
「えっ、平気平気。どこも悪く無いよ~さくっと終わらせて、明日はお祭を満喫しよう!」
「…うん、そうだね」
芙美の様子に何かを感じたのか、琴は静かに続ける
「そういえばさ…これで最後なんだよね」
「……」
「幼稚園の頃からだから~もう10年以上は一緒にやって来た事になるね」
「そんなになるのか…」
「そうだよ~何だか最後だと思うと緊張してくる!」
「えっ…」
琴の口から初めて聞く"緊張"という言葉に芙美は黒い目を大きく見開いた。幼少期からこれまで何度も人前に立って来た琴という人間は、緊張とは無縁の人種だと常々思っていたからだ。
「でも大丈夫、頑張ろうね」
「…うん」
いつもと変わらない屈託のない笑顔を向ける琴に小さく頷き返すと、2人は笛の音色に合わせゆっくりと歩みを進めた。




