夏祭り その5
2階建の参集殿の1階では夜に行われる直会の準備が着々と進めららていた。幾つも並べられた長テーブルの上にはグラスやお皿が次々と置かれていく。
「芙美、それが終わったら箸を並べといて」
「は~い」
「あと小田さんは栓抜きをいくつか持って来て」
会場を忙しなく動きまわる母景子の指示に、芙美や手伝いの人間も慌ただしく動きまわる。
神社で執り行われる神事の後には直会と呼ばれる儀式の一つがあるが、芙美の両親が営んでいる懐石料理の店では、その直会用の食事を請け負っていた。
因みに店の名前は父親の昂介と母親の景子の名前から、それぞれ頭の一文字を取って「景昂」と言う店名が付けられている。
「芙美~こっちの準備はどう?そろそろお神輿が戻って来る時間だから支度しに行こうかと思うんだけど」
出入口から琴が顔を覗かせ、芙美に向けて声を掛ける
「あらやだ、もうそんな時間~気付かなかったわ」
景子は壁に掛けられた時計を見上げて眉根を寄せる
「芙美、急いで支度しちゃいなさい」
「えっ、こっちもまだ終わりそうもないけど大丈夫?」
「あんた1人が抜けたくらい大丈夫よ。みんな待ってるんだから早くいってらっしゃい」
「はいはい~じゃあ行ってきます~」
景子から追い払われるように手を振られ、芙美は仕方なく参集殿の2階へと上がって行った。
参集殿の2階は今日の祭に合わせて着替えの場となっていた。廊下の東側にある、やや広い畳の部屋は女子用の控え室になっており、これから神楽を舞う小さな子供達が煌びやか衣装を身に纏い嬉しそうな声を上げてはしゃいでいる
「琴ちゃん見てみて~キレイなの~」
琴の姿を見るなり装束姿の子供達が取り囲むように集まって来る
「うん、みんな凄く似合ってて可愛い~」
「ほんと!?」
「本当、本当。みんなお姫様みたい~」
「やった~お姫様だ~」
琴に誉められ、赤い紅を塗った顔は一層大きく綻び白い歯を見せている。
「やだ、歯に口紅が付いてるじゃん。もう~ほらイーッてしてみて」
「イーッ!!」
琴に言われ、4歳位の少女は目一杯口を広げる。
その小さな前歯に付いた赤い筋をティッシュで拭ってやると、子供は琴に向かってはにかみながら礼を言う。
一人っ子だった琴は昔から近所の子供達の面倒をよく見ていた事もあり、子供達の良き姉として慕われていた。
「じゃあ、うちらも着替えますか」
琴の言葉に芙美は言葉の代わりに小さく頷いた。




