夏祭り その1
日頃、近所の住民の憩いの場になっている神社も今日ばかりは様相を変え、法被姿の威勢の良い人々と見慣れ無い観光客の姿で賑わいを見せている
「あら、芙美ちゃん今日の舞を楽しみにしてるよ」
「芙美ちゃんの舞は上手だからね~」
すれ違う人達が口々に芙美に向けて声を掛けて来る。
こうして声を掛けられる事も煩わしく感じる年頃だが、商売人の娘に生まれた性なのか、愛想笑いがすっかり板に付いていた
「芙美おはよ~」
ひと際大きな声に身体を向けると、オレンジ色の髪を揺らして琴が息を切らせている
「おはよう~朝から元気だね。てか…神社の娘が、そんな格好をしていて平気なの?」
ロングのギャザースカートにシンプルな無地のシャツを着た芙美とは対照的にピンクのネオンカラーのキャラクターティーシャツにデニムのショートパンツ、足元はビーチサンダルとまるで海岸にでもいるかのような出で立ちだ。因みに海までは車で1時間以上掛かるため、この辺りの子供達が泳ぎに行くのは専ら川のが多かった。
「えっ、何で?さっき総代さん達に会ったけど、みんな可愛いね、足が綺麗だねって褒めてくれたよ~」
「……あっ、そう」
そう言うと、琴はほっそりとした足を見せ付けるように突き出した。神社の総代の面々と言えば70をとうに過ぎた高齢の男性ばかりだ、孫ほどの年齢の琴が笑顔を向ければ鼻の下を伸ばして喜んでいる姿が、芙美には容易に想像が付いた
「あっ、大倭だ。おはよ~」
数メートル後ろに大倭の姿を見付けた琴は元気よく手を振るが、芙美の姿を見るや否や大倭の表情は不機嫌な物へと一変した
「琴おはよ、じゃあ…」
ぼそりと呟くと、それ以上こちらを見ようとはせず通り過ぎて行く大倭に琴は慌てて呼び止める
「せっかくなんだし一緒に行こうよ~」
「…悪いけど、そいつがいるから止めておく」
大倭の言葉にピリッとした緊張感が走る
「そいつって私の事かしら?」
「他にいないだろ」
「まぁ、まぁ、2人とも落ち付いてよ~」
「なにそれ、ムカつくんだけど」
「ムカついてんのはこっちだよ!昨日の事を俺に謝ってから文句を言えよ!!」
「はぁ~?何で、この私があんたに謝らなきゃいけないわけ?」
「当たり前だろ!お前の嫌がらせのせいで、俺は学校には遅刻をするし、7月だって言うのに寒くて寒くて真冬みたいな格好をしてなきゃならないし、学校のヤツらには変な目で見られるしでもう授業どころじゃなかったんだぞ!!」
パーカーの上にダウンコートを着込み、更にマフラーでぐるぐる巻きになっていた大倭の姿は、確かに目立ち過ぎていた
「それもこれも自分のせいでしょ。あんたがちゃんと起きないし生意気な事を言うから、そんな事になったんじゃない。全て自業自得よ」
「だからって何しても良いわけじゃないだろ!」
人目のある通りで繰り広げられる姉弟喧嘩を横目に、こんな事になるのなら、大倭を呼び止めなければ良かったと琴は後悔するが既に手遅れだった。
「もう、みんな見てるから道端で喧嘩は止めてよ!恥ずかしい!!」
琴の懸命な言葉は空しく消えていく
「と、とにかく、俺はそっちが謝んなきゃ絶対に許さないからな!」
「謝るのは私じゃなくて、あんたでしょう!1人じゃ朝も起きられないお子様なくせに~」
「う、うるせぇ、性悪ブス!!」
「なんですって、誰が性悪ブスよ!!!」
青筋を額に浮かべて睨み付ける芙美を尻目に、大倭は言い逃げるように一目散に駆け出した。




